下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

東京煉瓦高架橋 有楽町

東京駅をスルーパス
鉄道・ガード下 (155)_R
大正3年、東京新橋間の煉瓦高架橋が完成。
鉄道・ガード下 (161)_R
石の柱、これがあってこの高架は今も現役でいられるのか
鉄道・ガード下 (170)_R
ここにも横丁
鉄道・ガード下 (177)_R
もう誘われているのです
鉄道・ガード下 (199)_R
「谷ラーメン」さんは素朴な味わい
鉄道・ガード下 (180)_R
鉄道・ガード下 (184)_R
中華食堂系に入ると「ラーメンチャーハン」それぞれ単品で食べる
鉄道・ガード下 (186)_R
飽きないから、また来てしまう、そんな風でしょうか

看板に魅かれて、魅かれて
鉄道・ガード下 (197)_R

東京煉瓦高架橋 今川小路

大正14年、万世橋駅、東京駅間の「煉瓦高架橋」完成。
その今の姿。
鉄道・ガード下 (101)_R
鉄道・ガード下 (104)_R
モルタルの仕上げが剥げて、石が露わになって
鉄道・ガード下 (106)_R
それはそれで凄まじくもある
鉄道・ガード下 (107)_R
「今川小路」初めて聞く名でした
鉄道・ガード下 (65)_R
この「小路」初めてちゃんと眺めました。
鉄道・ガード下 (67)_R
鉄道・ガード下 (68)_R
猫がもういません。数分前までは食べていたのでしょう
鉄道・ガード下 (70)_R
ほとんど現役のお店でしょう
鉄道・ガード下 (73)_R
鉄道・ガード下 (74)_R
惚れ惚れしてしまうじゃないですか
鉄道・ガード下 (78)_R
外が、眩しい
鉄道・ガード下 (79)_R

下北沢 凄腕繁盛商店街⑤

下北沢南口商店街から北口方面に戻ってみると
まるで「戦後のどさくさ」の頃から?と思ってしまうような
下北沢 (412)_R
下北沢 (410)_R
風景が続いた
下北沢 (452)_R
下北沢 (407)_R

けれども、この横丁は、
下北沢 (462)_R
この建物のように、今はもう現役でなく、
廻りの建物は立ち退きに応じたのか、ぽっかり空いている
下北沢 (464)_R
そんな風で、下北沢最後の「横丁」は、
今現在まで、残されている事に感謝であります。

いかがだったでしょうか、下北沢、
「ねえ、私達を撮ってよ」
下北沢 (402)_R
若いお二人にいきなり言われて撮ったkozoh55でしたが、
その人懐っこさにも、心が和みました。
そうなんです、若い街でもあるのです、
エネルギー満点。
また登場して、この凄腕繁盛商店街達を
楽しまなければいけないですね。
ご訪問下さった皆様、感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。

kozoh55

下北沢 凄腕繁盛商店街④

一番大きな「南口商店街」に来てみると、
レトロはここでも存在感満点で
下北沢 (399)_R
住宅街にもこんな美しい建物を見つけることが出来て
下北沢 (317)_R
けれども、不思議なタイトルの飲食店がいっぱい居て
下北沢 (266)_R
「なすおやじ」ついに発見できず
下北沢 (304)_R
「にしんば」とは、、、、、
下北沢 (272)_R
なんかワクワクするお店ばっかり
下北沢 (302)_R
買っちゃいました帽子専門店、欲しい帽子に出会えてんですから。
下北沢 (306)_R
商店街のバナーが、まあ珍しい事
下北沢 (290)_R
下北沢 (293)_R
どうなんでしょう、これって、
私にとって忘れられないキャラクターでした


下北沢 凄腕繁盛商店街③

一番街商店街を東へと歩くと、
いつの間にか「下北沢東会商店街」に出会う。

一番街とは違う「レトロ」がそこに待っていてくれた
下北沢 (222)_R
ここは何を見せてくれる場所なんだろう
下北沢 (225)_R
凄い迫力なのは確かだった
下北沢 (227)_R
ぽつりぽつりと、飲み屋さんが続く
下北沢 (232)_R
下北沢 (241)_R
看板にいわれを聞いていいのでしょうか
下北沢 (245)_R
下北沢 (248)_R
たくさんの人が出てきて集まっている
下北沢 (253)_R
そう、演劇を終えたのだ
下北沢 (228)_R
この街は、文化がたいそう好きみたいだ
下北沢 (283)_R
下北沢 (285)_R
下北沢 (288)_R


下北沢 凄腕繁盛商店街②

まずは「下北沢一番街商店街」

若者向けのシューズや衣料ショップがレトロに飾られて
下北沢 (21)_R
ここは、基本アンティークショップ
下北沢 (41)_R
ちゃぶ台がたーくさん、アンティークばかりで
下北沢 (26)_R
シルバーフォックス、なんか懐かしい響き
下北沢 (27)_R
レトロ時計パーツ、引き寄せられますね~
下北沢 (32)_R
こんなケースこそお洒落ですよ
下北沢 (35)_R
なんだろう、駐車場のカウンター?
下北沢 (36)_R
回るデザインが、他とは違いますね
下北沢 (59)_R
ここも「レトロ床屋」さん、
下北沢 (69)_R
こんな木の扉があって、たむろする場所だったのでしょう
下北沢 (72)_R
中が見たかったな

ほら
下北沢 (95)_R
もちろん現役の靴屋さん
下北沢 (97)_R
時計屋さんも「昭和」そのもの
下北沢 (80)_R

楽しいんです、この街を歩いていると

下北沢 凄腕繁盛商店街①

「下北沢」事前にネットでこの街を調べてみると、
なんと駅北側に3つ、そして南側に3つ、そう、
商店街の中に駅が埋まっている、そんな街、かなあと。

とりあえず、北口を出て、「おいしそうかな」と思った「一龍」さんへ
下北沢 (13)_R
というか、この建物が雰囲気ありますよ
下北沢 (16)_R
3階の左側、窓なしでブルーシート、やりますね
下北沢 (18)_R

「ラーメンお願いします」
「ラーメン一丁」とベテランのご主人が奥さんに声掛け
下北沢 (2)_R
見た目はちょっと味噌っぽいですが、
下北沢 (4)_R
まごうことなき「ラーメン」、醤油とか味ではなく「ラーメン」
下北沢 (9)_R
「味噌」「醤油」「塩」ではなく、スープが一番の主張。

ふと、自分の「かあさん」の事を思い出した。
よく、トンコツやら野菜やらをたくさん網に入れてダシを取って
子供達に作ってくれたのが、こんな「ラーメン」。

麺は中太でちぢれ、そう、この麺のようだった
下北沢 (10)_R

そして、基本、味は薄めで、飽きが来ない物
下北沢 (11)_R
美味しかった、しみじみ、舐めるようにスープをすすりました

下北沢にまで来て、「かあさん」を思い出したのは、
こちら、「下北沢一番街商店街」にある「一龍」さんのおかげです
ありがとうございます。

「中華そば一龍」 
東京都世田谷区北沢2-30-11

さあ、商店街!商店街!

日比谷公園 宝探し・宝尽くし⑤

カフェを出た私は、微かな期待を持って
日比谷公園 (510)_R
入口の階段を上がる
日比谷公園 (515)_R
ここなんだ
日比谷公園 (519)_R
小さな小さな窓でお出迎え
日比谷公園 (520)_R
ここが本当の入口
日比谷公園 (526)_R
見たいなあ、奥をと思っていたら、偶然開いた扉の先の風景は
日比谷公園 (530)_R
偶然開いた扉の先には
日比谷公園 (537)_R
それはそれは美しい昭和初期ならではの風景が現れました

日比谷公会堂と一体の「市政会館」は
日比谷公園 (541)_R
本当はこちらこそ主役だったのです
日比谷公園 (561)_R
お疲れ様、元祖日本のコンサートホール

いかがだったでしょうか、日比谷公園
結局、ブログのお友達にとっても、
懐かしい青春の場所だったりします
銀座を有楽町をぶらりした後の、都会への飽きを
この公園が癒してくれたのかもしれませんね

ご訪問下さり感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。
kozoh55

日比谷公園 宝探し・宝尽くし④

どうして私はこの日、この場所、カフェに来ることが出来たのか、

「蓄音器、聴いてみませんか?」と店長さん
「いいんですか、ぜひ聞かせてください」と私
日比谷公園 (462)_R
まずは回さなくちゃね
日比谷公園 (471)_R
「蓄音器の針は毎回取り替えるんです」
日比谷公園 (465)_R
この針たちの事
日比谷公園 (482)_R

信じられない様な大きな音が、奏でられ始める
日比谷公園 (446)_R
このカフェの空間を埋め尽くしてくれた
日比谷公園 (447)_R
確か最初はクラッシックだった。音源は50年位前かもしれない
日比谷公園 (472)_R
積み重ねられたレコード、そしてケース
日比谷公園 (468)_R
「レコードのケースが写真のアルバムのようだったので、
LPレコードの事をアルバムと呼ぶようになったそうですよ」
日比谷公園 (477)_R
自ら名乗ってくださった店長さん、山田さんは、
とことん丁寧で親切だった。

「今日はイベントが入っているので、公会堂の内部は見れないんです、
でも、夏の頃に、無料の公開日がありますから、ご案内しますよ」

日比谷公園 (494)_R
なんと優しい時間なのでしょう、
山田さん、ありがとう

日比谷公園、もう一話お付き合いくださいませ

日比谷公園 宝探し・宝尽くし③

宝探しから、いよいよ宝尽くしへ
「市政会館と日比谷公会堂」
昭和4年(1929年》東京市長であった後藤新平が「中立な市政」の為の
調査機関を置くべきと主張して、これに共鳴した安田財閥の
「安田善次郎」氏の莫大な寄付により、建設されたものである。
日比谷公園 (429)_R
当時は唯一のコンサートホールとして、
プロのオーケストラ演奏会やリサイタルが頻繁に行われた。
日比谷公園 (431)_R
今日はこの入口は閉ざされて、「では、どこから入る?」
日比谷公園 (507)_R
ここ、かな
日比谷公園 (506)_R
いきなり2カ所の重厚な扉
日比谷公園 (503)_R
この案内看板が、レトロです
日比谷公園 (502)_R
今は使われていないようです
日比谷公園 (501)_R
「アーカイブカフェ」重要な記録を保存し、未来に伝えてくこと
日比谷公園 (499)_R
公会堂の歴史を彩る様々な告知ポスター
日比谷公園 (438)_R
戦前のものも普通に展示されています。
日比谷公園 (441)_R
カフェは、思いのほか広く、真ん中には「蓄音器」が
日比谷公園 (474)_R
これはレトロ風どころじゃなく、「レトロ」そのもの
日比谷公園 (447)_R
喫茶店ですから、頂きました、珈琲と
日比谷公園 (454)_R
「かたぱん」なる昭和初期からのパン
日比谷公園 (461)_R
素朴な甘さにメロメロな私、お土産にも買っちゃいました
日比谷公園 (475)_R

そしてお店のウェイターさんが、私に丁寧に
「日比谷公会堂」の歴史を、スクラップブックをみながら
教えてくれたのです、ここもGHQに接収されているのです。

さあ、明日は「音楽の時間(とき)」