下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

銀座奥野ビル(旧銀座アパートメント)⑤

時折、憑りつかれたかのように、この場所に来てしまいます
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土砂降りの街歩きの日
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いつもどおりビルの中を、
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眺めているだけ
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迷宮の廊下
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こんにちは
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この先には、何が?
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天空なのかもしれません

いつかに続く

調布 路地の咲く街(3)

路地は、そこにあるものであって、咲いたりはしません。

これぞ一反木綿と猫娘
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そういえば、猫系の女性には縁があります。(関係ないですね)

建物があって
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天満宮?牛さんがいて
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小僧もおります
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路地もあります
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銭湯もあります
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「鶴の湯」、鶴の文字が消えているのは、煙突上部が震災などで
落っこちたのかもしれません
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すっと、綺麗な表札
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地元の地主さんでしょうか、目が止まります
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そして、路地は咲いてました
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こんなしみじみ系として
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目玉親父、現る
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いかがだったでしょうか、「調布」
住みたい、憧れている人はいっぱいいるでしょう
実際のところ、お洒落な街並というより、
どこかうらびれたような商店街・路地もたくさんありました
それは、普通に歴史ある街だという事なんでしょうね

ご訪問下さって感謝申し上げます
またぜひ遊びにいらしてください
kozoh55

調布 路地の咲く街(2)

調布の記事の中で、私が探していた場所、
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調布駅と布田駅の間にある「仲町通り」
もしかして、最近調布に引っ越した方は、この通りを知らないかも
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なあ~んもありません
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なぜ私がこの通り・路地を知っているかって?
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憶えてませんが、ただ、ここにかつては、色街があったらしいのです
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どうりでねえ、周辺、
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古さのてんこもりだったよ
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ええと、これは「一反木綿」?じゃない、じゃない
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「ぬりかべ」でした。だったら、一反木綿って?

調布 路地の咲く街(1)

去年の10月に残した記録です。今年になって見た風景、日光、館林、山形、米沢と
どこも美しかったですけど、ここも今見てみると、嬉しくなったりしました。

「♪鬼太郎を知らずに、僕らは育った♪」
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嘘です、本名まで知ってますよ
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路地に入る前から、しみじみ入ってます
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きょう一つ目の路地「百貨街」
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当時は「百貨」という言葉通り、何でも揃う便利な商店街だったでしょう
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良いです、こういうお店
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『またかよ」と言われても入ってしまうkozoh55
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美味しかった~のよ
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たけちゃんの「にぼしラーメン」
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どうです、麺とスープが相性よくって、また来たくなるにぼしラーメンですね
住所:東京都調布市布田1丁目47−1

山形・米沢 しんとした風景(4)

山形市から米沢市に向かう途中の高畠町にある
「山喜」さん
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塩ラーメンはスープ本来の味が問われる究極のラーメン
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チャーシューがさっぱり味で、塩ラーメンに似合ってました。
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店舗を出して、まだ1年位のお店が、この街の名物になりかけてます
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ごちそう様でした
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住所:山形県東置賜郡高畠町大字福沢13-3

「熊文」さん
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とことんさっぱりして飽きのこないスープ
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本当に懐かしい「中華そば」
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細い麺の相性も最高でした
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米沢市の老舗のラーメン屋さんは、優しい味でした。
ごちそう様
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住所:山形県米沢市春日5-2-52

最後の「ごちそうさま」
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米沢牛コロッケは
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中にお肉がいっぱいちりばめられている

一言、「美味しかった~」
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東北人にとってお餅はごちそうなのです
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いかがだったでしょうか、山形・米沢
どれもこれもが美味しくて美味しくて
最後にお餅の美味しさを充分に味わうことが出来ました。
山形・米沢、幸せの二日間
ご訪問下さった皆さん、ありがとうございます。
またぜひ遊びにいらしてください。
kozoh55

山形・米沢 しんとした風景(3)

なぜお正月早々に、山形・米沢に?
今から30年ほど前に、北海道の片田舎から仙台の大学に出たkozoh55は、
かけがえのない先輩・同級生・後輩に出会って、
いまだに東北で年数回集まっては盛り上がっているのです。

東北ツアー二日目は、米沢
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山形とは比較にならない程雪国な米沢は
偉人たちの宝庫でした。
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ケネディ大統領の尊敬する人物「上杉鷹山」
温泉でタオルを頭に乗せているようで可愛かったです。

「上杉神社」
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ここに祀られているのは、「上杉謙信」その人、
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要はここは米沢城跡なんです。堀が雪に埋もれ、、、

米沢城にかかわりが深い、上杉景勝、直江兼続、そして伊達正宗
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鷹山公の声が聞こえてきそうです
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もちろんちゃんとお参りしましたし
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こんなお守りを手にすることが出来ました。
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あやかってこそたった一度の人生ですねえ

山形・米沢 しんとした風景(2)

しんとした風景って?何?
これです。
「文翔館」の正式名称は「山形県郷土館」、大正5年建築。
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「山形県 旧県庁舎及び旧県会議事堂」は国指定重要文化財
早朝だったので、静かで「しんとして」感じたのかもしれません
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とすると、この廊下の先にある
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煉瓦の建物は、「旧県会議事堂」?
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この堂々とした姿間違いなく県会議事堂ですよ。
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重厚な奥行きがある姿に
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うっとりのkozoh55でありました
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山形・米沢 しんとした風景(1)

先日の連休に、30年来の先輩・友人に会いに
山形新幹線で、まずは山形、始まりは「夜」
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七日町の焼き鳥の名店で
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あれ、焼き鳥の写真撮ってない?
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どれも美味しかったな

帰り、ちょっとだけ街歩き
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いろいろ建っているもんです
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翌朝の山形市内
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しぶい
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カワイイ
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壁の意匠に見とれました
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これは「看板建築 山形市代表」
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現役なのが嬉しい、上品な建物がここに
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ああ、六角橋商店街の古い郵便局を思い出しました。




都電荒川線 勝手にしみじみ系(5)

「小台本銀座商店街」
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ここがお豆腐屋さんのご主人が言っていた、
「昔は大変な繁盛ぶりだったよ」な街
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今も商店の多くが営業中、嬉しいことです
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新しいバナーでしょうか
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微妙な場所もありましたけど
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こんな風情の街が好き
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小台商店街から少し離れてある「女子大通り商店街」
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要はこのあたり一帯が「尾久」だったわけです
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派手なカラオケ飲み屋さんが居ても、「いいとも!」
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煙草屋さん、煙草屋さん
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「このあたりは尾久の中の色街、三業地だったのですか?」
なんて聞けるわけもなく、この日も少し探してみたのですが、
「色街残照」を見つけることは出来ませんでした。

そして、尾久の一番メインの商店街が見えてきて、
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今日の旅は終わりとなりました。田端までは行けませんね。

そうだそうだ、都電荒川線のの紹介でもありました。
たぶん「宮の前駅」です。
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いかがだったでしょうか尾久を中心とした都電荒川線界隈、
自分にはこのあたりこそが「下町の中の下町」「下町KING」
なんじゃないかと思っております。
時間が止まっているような、それとも、
果てしなく流れていることが感じられるのか、
いずれにしてもまだ歩き尽くしてないのだけは
事実のようです。
ご訪問下さった皆様、感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。

kozoh55

都電荒川線 勝手にしみじみ系(4)

荒川線沿線の名所と言えば、
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「荒川遊園」
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今でこそお子様御用達の「ゆうえんち」は
大正11年開演の老舗中の老舗。
実は開園当時は温泉と演芸場、料亭など大人の遊び場だったそうです。

いまはおこちゃま向けなので
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そうです、もんじゃ焼きはこの周辺で子供たちの食べ物として
j始まったものでしたね。

たこ焼き、たこせん?
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案外というか、やっぱりというか、美味しいたこせん
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荒川遊園は煉瓦工場跡地に作られたもの
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住宅街にそんなことを伝えてくれる「時のかけら」がありました

しみじみ系アリ
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そういえばこのあたりの地名「尾久」は
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三業地だったわけでして、料亭の名残りを感じる建物に見えました

気が付くともう夕暮れ、懐かしい感じの「お豆腐屋さん」発見
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みて、このおいしそうな姿、
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私「がんも下さい、ここですぐ食べるのでそのままでいいです」
ご主人と奥さんが、
「温めた方が美味しいから、温めあげるよ」
「いや、大丈夫です」
「そう言わないで、中に入りなよ」
結局甘えてしまった私、温めて、切って、お醤油までかけてくれました。
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「隣の小台の商店街は昔はすごく繁盛していたんだよ、
でもこのあたりはずっとこんな感じ、最近は大型店の影響もあるね」
「もう跡継ぎがいなくて廃業する店が多いね、夫婦でやってやっとやれる仕事だし」
「不思議なもんでね、夫婦喧嘩すると、その日の豆腐が美味しくなくなるんだよ」
ご主人、奥様、がんも、そしてお話ありがとうございます、
お宝話を聞かせて頂き感謝でございます。