下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

根岸・入谷 どこにでもありそうで無い風景(3)

舞台を根岸に戻します。うぐいす谷駅をほんの数分歩くと、
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「根岸の里へよこそ」という言葉と共に
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静かな「うぐいす通り」続きます。
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「手児奈せんべい」私の住む市川の伝説の美女、
「手児奈」の名を受けたせんべい屋さん、
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もう50年以上、
この地の中心にあってシンボルのようです。

かつて、三業地として栄えた「柳通り」に向かうと
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美しい建物が私を迎えてくれました。
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少し太い道路に面して、「柳通り」の入り口はありました。
気が付かないようなそん風です。
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通り自体には、しだれ柳が街を覆う、そんな名残りすらなく、
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路地の中で見つけたものを、ちょっと紹介します。
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現役の料亭もありました。
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もう少しこの街を紹介したくて、続けます。


根岸・入谷 どこにでもありそうで無い風景(2)

そもそも、根岸・入谷とはどのあたりにあるかというと、
駅だと山手線うぐいす谷の外側、地下鉄日比谷線の入谷駅すぐそこ

小野照崎神社のお話に戻ります、境内にこんなものがありました。
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何?「強烈な努力」???
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囲碁界の「名誉棋聖藤沢秀行」さんをたたえる言葉が書かれていました。
この方が絶筆としてこの言葉を残したそうです。
著名な人にも信仰されているのですね。

「庚申塚」
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道教の庚申信仰により建てられる石塔。実はよくわからないのですが、
「見ざる・言わざる・聞かざり」の3猿が彫られていることが多く、
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何かここには各時代の庚申塔がまとめて保管されてました。
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いましたよ、お猿さん。
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これも
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これは?人間っぽくないですか?
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これは、ゲコゲコ「蛙」さんでしょう。
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こんなに集まっている庚申塚は、初めて見ますよ。
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すごい神社です。

お、なんど庚申塚の上には、にゃん達が!
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これは、「狛猫」阿吽像ですね、庚申塚を守ってくれています。
と思ったら、
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ああ、また好きな事をしているし、この子達ったら
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ふと目線を稲荷神社に戻してみると
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まだ、なかよくやっておりました。
自由な生き物達ですね。

さあ、ここは入谷、住所では台東区下屋でのお話、
話を少し戻して、根岸のお話にします。

根岸・入谷 どこにでもありそうで無い風景(1)

街歩きをしていると、6時間くらい歩きっぱなしで、
記事に出来るような出会いが全くない日が、結構あります。
不思議なもので、私にとってそんな日は、
「なんて贅沢に一日を楽しめたことか」と感じたりします。

この日の「根岸・入谷」の街歩きはどうだったでしょうか。

この建物を見て、「凄いものが残っているものだ」
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と、しみじみ見ていたら
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お隣に神社があるのに気が付いて
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なかなかな狛犬の姿を見て
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中に誘われて入りました。
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「小堅(野)照崎神社」
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「おのてるさきじんじゃ」と読むそうです、読めませんが。
この建物が江戸末期建築だということ、祀っているのが
平安末期の漢学者、歌人の「小野篁」(おのたかむら)
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だということくらいしか知らないのです。

都内では最大級の富士山信仰の地でもあります。
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確かにでかい
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確かに可愛い。
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お稲荷さんもあるんだねえと、
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見ていたら、
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こんな二人に遭遇しました。
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ずっと見ていたら、
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ずっとこのままでした~

隣に「クロ」を発見!
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この子も時間が止まってましたよ~

この神社、まだまだ出会いがありそうです。




二子玉川 風光明媚な別荘街は何処(5)

岩崎家の美術館裏口の坂を下ると、公園が見えてきます。
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「岡本公園民家園」江戸時代後期の農家を移築したものです。
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まさに、農家が再現されています。
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当時の農機具もずらり
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トイレは「陶器」
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室内、木の黒い姿は全体にシックで、落ち着きが感じられます。
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竈(かまど)これは再現品?当時の物、かも知れません。
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「かまどを持つ」ってこういうことですか?

日差しがタップリと差し込み贅沢な造り
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天井など、ありません。
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和建築が夏には本当に涼しいことを、
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栃木に行った時に、体験したことを思い出しました。
風が通り抜けるのです。
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当時の足の主役はこれでしたね~
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最後にこの岡本公園民家で見つけた「岡本隧道(おかもとずいどう)」
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多摩川の水をこの地に引き、
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そしてここから、あの
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「駒沢給水所」へとポンプで水を送り
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渋谷まで上水を提供して来たのです。
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最後の2枚は、以前、駒澤給水所の紹介でご案内しました。
いつ見ても美しいですね。

いかがだったでしょうか、二子玉川。
行く前は、若者に人気の街、お洒落な街、そんなイメージでしたが
由緒正しき商店街もあり、さらに歴史建築物たちとの出会い、
見ているだけで楽しい気持ちになる、美しいものばかりでした。
そして駒沢給水塔に繋がっていく、不思議さ。
大山道はすべてを一本につなげてしまうのですね。

ご訪問、コメント下さった皆様、本当に感謝いたします。
またぜひ遊びにいらしてくださいね。
kozoh55

二子玉川 風光明媚な別荘街は何処(4)

瀬田四丁目広場こと、「旧小坂家住宅」を出て、
また水に誘われて、トコリトコリと歩いていくと、
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「静嘉堂文庫」
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お隣には岩崎財閥の弥之助、小弥太父子が収集した美術品の
美術館となってます。
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大正13年(1924年)建築。
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そうです、この二子玉川は明治・大正・昭和初期の別荘街だったのですね。

建物の裏には、私の大好きな「リアカー」が3台もあり、親しみを感じ
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すぐそこにあった、岩崎家の納骨堂は、
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驚くべきスケールの大きさ、と狛犬の逞しさに圧倒され、
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設計社が「鹿鳴館」を設計した「ジョサイア・コンドル」
だと知ってまた驚きました。明治43年建築。

美術館裏には、岩崎家の人々が愛した梅園が、
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誰に媚びることなく
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訪れる人達を楽しませてくれました
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二子玉川 風光明媚な別荘街は何処(3)

旧小坂邸は、あまりにも一つ一つの姿が見事でした。
洋間の紹介を、まずは夫妻の寝室。
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この屋敷で一番の眺めのいい空間、富士山が見えたそうです。
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「暖炉があるのよ~」でもこれはダミーで、実際は当時の最先端の
セントラルヒーティングだったそうです。
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じゃあこの電気コンロもダミー?かな
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小坂順造氏の像
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ステレオ、
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ビクター製でした。
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決して派手ではないのが、いいですね。
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炊事場近くの通路には、時代物の電気冷蔵庫が
綺麗な姿で残されていて
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今のジェネラルモータース製の物だそうです。
昔は家電製品を作っていたのですかね、あのGMですから
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ここは、応接室、洋と和が上手に溶け込んで
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同じ部屋なのに、全く違ったものに私の眼には映り、驚きました。
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細部がかっこよくて、撫でたくなります。
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「撫でる」といえば、他の部屋で見つけたこの「ポチッ」は
なんだろうと思っていたら、
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説明して下さった職員?ボランティア?の方が、
「そのボタンを押すと、お手伝いさんが来てくれるんですよ」と、

そうですよねえ、だからこそ、室内側から鉄の扉が付けられた
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鉄筋コンクリート製の「蔵」がつながっているのですね。
小坂順造翁様、素晴らしいお屋敷を公開して下さり、感謝です。

お屋敷町のお話はまだ続きます。
岩崎家、そして、あの「駒沢配水所給水塔」縁の地に偶然出会えるのです。

二子玉川 風光明媚な別荘街は何処(2)

この細い川沿いを歩いた先に、スゴい建物があると聞いて、
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「丸子川」を歩くこと10分少々で、まさに風光明媚な
門を発見。ここは「瀬田四丁目広場」
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広場ではなくて、「庭園」でしょう、これは、
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急な坂を登山のように登ると、再び門が、
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「旧小坂家住宅」
信濃毎日新聞社長、貴族院議員、衆議院議員だった小坂順造氏が、
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渋谷の自宅に次ぐ別邸として昭和12年に清水組(現在の清水建設)
に依頼して建てたという。
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どこか農村の庄屋さん建物風なのは、梁材を奥多摩の名主の建物を
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譲り受けたそうです

室内を和の空間からご紹介、居間です。
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縁側で温かい日差しに包まれる生活。
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茶室、小坂氏はここから入るのですね。
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ちょっとしたこだわりでしょうか、なんともない所が
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扉を開けると、お茶をお出しする水場なのでした。
憎らしいほど、粋なご主人だったのですね。
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そして、奥様の衣装部屋、クローゼット、、広い。
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二子玉川 風光明媚な別荘街は何処(1)

駅を下りて、何本の線路が走っているの?って
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東京急行電鉄、田園都市線、大井川線、
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改札を出た広場にはたくさんの人が集まり、大きな歌声が
どこからか響いていた。

若者の街は、同時に玉川高島屋の街でもあります。
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緑を大切にしているのですね。
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と、恰好つけつつ、しれっとラーメンを頂くkozoh55です。
「博多濃麻呂 二子玉川店」駅から近いですね。
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その名の通り九州ラーメンのお店、
ああ、ここは麺は細くてちょうどよい硬さが心地よく
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スープがすっと喉を通り抜ける、どこか都会的な九州ラーメン、
はっきりと「美味しかった」です。飽きがこなさそう。

発見しました、しみじみ系?「二子玉川商店街」
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いきなり現れた和菓子屋さんに、「食べ小僧」はすぐに
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豆大福ゲット。
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これは~お餅がどっしりと存在感があって
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豆餅をお土産で買ってきてしまいました~

決して派手な商店街ではなかったですが、
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こんな現役の床屋さんを見つけたら
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まず惚れてしまいます。
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みなさんもそうでしょう。

なんてことのない細い道なんですが、
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この通りには昭和40年代まで、玉川電気鉄道、通称「玉電」が通っていて
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玉電の支線「砧線」の「中耕地駅跡」なんですね~
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「三軒茶屋編」を紹介した時「世田谷線」というのがありましたが、
あそこと兄弟路線だったんですね。砂利を運んで別名「じゃり電」

ああ、そういえばこのあたりもあの「大山街道」ですね。

さあ、そろそろこの街のもう一つの顔、
明治・大正・昭和の「別荘街」に行きましょうか。

足立区漬けの旅 駅のない繁盛商店街

西新井大師を出て、梅島駅の方に商店街探しに
ぶらついていると、商店街発見!「関原銀座会」
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近くに駅は無さそうですが、雰囲気があるお店が
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けっこうあるのですよ。
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歩いていくと、交差する形で他にも商店街あり、
ここは「イーストロード」
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逆側には、「関三通り商店街」
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どうして駅のない場所にこれほど商店が集中するの?
ビックリしながら、「へ~」と言って歩いていたら、「うん?」
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最初は置き物かと思ったんですが、
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商店の軒にいるので、通称「軒猫」は、こっち見てました。
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この子です。
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この猫ちゃんは、このお店の守り神ですよね。
「座敷わらし」ならぬ「座敷猫」

ちゃんと現役の銭湯もあり、
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梅島駅に向かう途中、しみじみ系の建物をまた見つけて
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このお店は巣鴨の商店街で見かけたような。
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看板も親しみが持てて、いいなあって、
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梅島駅と竹ノ塚限定のお店のようでした。
巣鴨の「赤パンツ」売ってませんでしたから~

いかがだったでしょうか、足立区の街並みは?
舎人の商店街はどこか昭和50年代の代表的な商店街として、
モデルのようにお約束のお店が並んでいました。
お惣菜、魚、豆腐、焼き鳥、服屋、
そんな意味ではすごく安心する商店街でした。
更に街にお店が増えてくれるといいなあって思います。
西新井大師、関原、また行って探索したいですね。

ご訪問下さった皆様、感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。
kozoh55

足立区漬けの旅 西新井大師ふたたび

再度舎人ライナーに乗った私達は、次の目的地、西新井・梅島方面へ
西新井大師は、今回2回目。

「西新井大師商栄会」へー、こんな商店街があったとは、
知らなかったです。
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ちゃんと「しみじみ」してましたよ~
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西新井大師は、案外とお洒落で
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池を眺めてのんびりまったりしてしまいました。
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鯉さん、コイコイ
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本当はしっかり庶民なお寺ですが、
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なんだか美しいと、
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強く感じる今日この頃
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若い和服姿のお嬢さん達も
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この場所に溶け込んでいます
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江戸後期建立の山門の先には、
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これまた江戸時代から続くお団子屋さんがあり
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戦後に作られた「浅香家」さんの建物は
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どう見ても戦前から続いているような、
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風格に満ち満ちてました。
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このあたりは街を眺めているだけで嬉しくなります。
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だるまは悪顔が似合うのか?
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「次は~関原~関原~」