下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

百貨繚乱~あの頃に帰りたい~ 4

川越市中心街に、この百貨店はありました。
140119-142511_R.jpg
「丸広百貨店」は昭和25年、戦後生まれ。
140119-142609_R.jpg
でも、ちゃんとファミリーレストランしてました。
140119-145708_R.jpg
この百貨店の魅力はなんといっても、「屋上」
140119-144847_R.jpg
見てください、この寂しいステージ。
そうそう、冬のデパートの屋上はえてして超寂しいかも。

いや、ここはそんなやわじゃない。
警視庁体験ゾーン。
140119-143311_R.jpg
消防車体験、アイサイト付き!!(嘘)
140119-143326_R.jpg
あの、熊もん、じゃ、ない?
140119-143344_R.jpg
そう、この百貨店屋上には、全国で2カ所しかない
屋上に設置された観覧車があるのです。
140119-144457_R.jpg
140119-144413_R.jpg
ええ、もちろん、このカゴに私とyokotako氏は乗ったのです。
140119-143915_R.jpg
けっこう怖かったですが、見晴らし最高!

浅草花やしきと比べて、どうでしたでしょうか。
140119-145206_R.jpg
140119-143645_R.jpg
140119-144150_R.jpg

最後の階は、沢山、百花繚乱なのであります。



百貨繚乱~あの頃に帰りたい~ 3

百貨店の屋上には歴史がぎゅっと詰まってます。
140112-145251_R.jpg
140112-151428_R.jpg
140112-145902_R.jpg

これ、わかりますか、この形の意味、ご存知?
140112-145551_R.jpg
昭和25年から4年間、屋上で飼われていたいたそうです。
140112-145721_R.jpg
そうです、高島屋一番の人気者、「小象の高子」のモチーフです。
今はありませんが、以前はこの建物の左側には小象の鼻のモチーフ
煙突のようなものもあったらしいですよ!

細部が美しすぎです、洋画家「東郷青児」が描いたエレベータードア。
140112-151728_R.jpg
これも一流彫刻家の作品。
140112-151913_R.jpg

そして、そして、夜。
140112-173402_R.jpg
そう、高島屋の現在の建物は、建築当時の姿を損なうことなく
いまもその頃の面影を私達にそのまま伝えるべく
140112-174230_R.jpg
残ってくださったのですね、ありがとう。

そして、バーゲンに心躍らせて。
140112-174315_R.jpg

次の階は、川越丸広百貨店でございます。

百貨繚乱~あの頃に帰りたい~ 2

「高島屋日本橋店」ここは建物自体が重要文化財、
昭和8年(1933年)に竣工、
140112-135638_R.jpg
昭和20年の東京大空襲にも、
なんと従業員の消火活動で沈下され
140112-135817_R.jpg
屋内は延焼しなかったのです。
140112-143610_R.jpg
周辺の住民は火の海に追われ、高島屋に逃げてきて
たくさんの命を救い、今もって、その時の
お礼に来店される方がいると伺いました。
140112-152423_R.jpg
入口にいらした中年男性のコンシェルジュさんが、
そんなお話を詳しく私とyokotako氏に
教えて下さいました。ありがとうございます。

美しくて、贅を尽くして、
140112-142745_R.jpg
本物の水飲み場だったのです、ここは。
140112-140112_R.jpg
階段にちりばめられた、アンモナイト、
140112-142531_R.jpg
イカの仲間の骨。どんな姿だったのでしょう。140112-143016_R.jpg
エレベーターで屋上へ
140112-143149_R.jpg
そうです、正面エレベーターには、もう見かけなくなった、
140112-151538_R.jpg
「エレベーターガール」がこの百貨店にはいらっしゃるのですね、
嬉しい。

高島屋、続きます。

百貨繚乱~あの頃に帰りたい~ 1

私が大変お世話になっているブログの先輩に
犬山にゃん太郎さんという方がいらして、
「冬来たりなば春遠からじ2.0」というブログを作られていて
記事の中で新潟の「大和デパート」に行った小さい頃の
楽しかった記憶を紹介されてました。

ふと、自身の小さい頃の思い出を辿っても、
デパートでの記憶がほとんど無いことに気が付きました。
行けるような場所に住んでなかった、
そんなことだったのでしょう。

今なら、書けるかもしれない、そんな気持ちで、
kozoh風の記事で綴ってみます。

JR大森駅を山側に下りて、蒲田方面を10分位歩くと、
アーケードが続く古き良き商店街あり。
140112-115451_R.jpg
その商店街のど真ん中にあるのが「ダイシン百貨店」
140112-131006_R.jpg
入口の雰囲気は「イトーヨーカ堂」調です。
140112-120506_R.jpg
店内も、そんな感じだったりして
140112-120654_R.jpg
都内で家電品を普通に売っている百貨店は珍しい、、、と
140112-120806_R.jpg
ポイント10倍をうたってます!やってます!
140112-120725_R.jpg
最上階には何があるか?もちろんレストラン。
140112-121044_R.jpg
おーっつ、いまは懐かしい
「ミートソース」
140112-121019_R.jpg
「ナポリタン」フォークからんでこそ、です。
140112-121016_R.jpg
食堂内はこんなふう。
140112-124549_R.jpg
yokotako氏が食べたのよ。
140112-121755_R.jpg
私はこれ、
140112-122007_R.jpg
140112-122013_R.jpg
ナポリタンの醍醐味は、この食べ終えた皿の文様ですよ。
140112-123514_R.jpg
食事を終えて出た頃には地元の方でしょうか
行列が出来ていました。
140112-124606_R.jpg
屋上には廊下でお花を楽しめて、
140112-125033_R.jpg
140112-125136_R.jpg
140112-125219_R.jpg
更に足湯まであるのですから、
140112-124814_R.jpg
この街に住む方にとって、パラダイスな百貨店なんですね~
140112-125355_R.jpg


ご案内いたします、次の階は「日本橋高島屋」でございます。


尾久 眺めのいい部屋(ふうけい) 2

夕暮れ時はさみしそう(N・S・P)
131222-163524_R.jpg
先程の「尾久珈琲亭」に再び、
131222-172335_R.jpg
131222-172310_R.jpg
「こんにちは」
恰幅のいい男性と、奥様らしきお二人、一見して
もう店じまいの雰囲気。
私「ごめんなさい、もうお店、終わりですか?」
ご主人「ああ、大丈夫、大丈夫、お客さんが来ないから、
今日は終わりにしようかって話してたところだったんだ、
いらっしゃい」笑顔が素敵なご主人。

私はブレンド、yokotako氏はキリマンジャロ。
131222-164857_R.jpg
カウンターの壁面にはカップが並ぶ
131222-171506_R.jpg
「もう長くお店をやってらっしゃるのですか」
ご主人「脱サラして夫婦で一緒に始めて、もう30年経つね」
131222-171459_R.jpg
私「そんなに長くやってらっしゃるのですか」
ご主人「始めた頃はこの病院の患者さんや付添いの方なんかで
たくさんの人が来てくれてね、二人して手一杯働いたよ」
「借金いっぱいあったけど、最初の何年かで返しちゃった」
私「すごいですね~それは、でもいろいろ大変だったんでしょう」
131222-170330_R.jpg
奥様から、
「私ね、珈琲が好きだから」
嬉しそうに一言。ああ、そうなんだ、好きだから続くんだ。
その後は、珈琲好きのyokotako氏と奥様の会話が続く。
131222-171512_R.jpg
「ご主人、この場所は、正式には『おく』なんですか『おぐ』なんですか」
ご主人「ああ、僕らは『おぐ』って言っているけど、お役所に聞いたら、
『おく』っていうのが正しいんだそうだよ」
「へー、そうなんですか、なんだか不思議ですね、
だって、駅は『おく』銀座商店街は『おぐ』でしたよ。」
「そうなんだよね」
131222-165945_R.jpg

40分ぐらいいただろうか、珈琲を飲み終えて、
「ごちそう様でした」と私とyokotako氏。
奥様に代金を支払い終えた時、
「どう、珈琲は美味しかった?」と、
真っ直ぐに私の方を見る奥様はどこか子供の様な笑顔でした。
私は言葉を返しました。


ショートショートな物語、
尾久(おく)の紹介はエンドレステープのように続きます。
また逢いましょう。






尾久 眺めのいい部屋(ふうけい) 1

町屋をぶらりとして、またただただ歩いていると
気が付くと尾久方面に足を運んでいて、
どうしてだか、私とyokotako氏で焼き鳥食べながら
131222-154529_R.jpg
この街に到着。
131222-154602_R.jpg
どこをぶらついてみようか。
131222-154742_R.jpg

女子医大通り、ちいさなちいさな商店街
131222-160108_R.jpg
「尾久珈琲亭」喫茶店の店名に「亭」が入るなんて珍しいかも。
ちょっとはいってみたい。
131222-161012_R.jpg
商店街裏の路地を歩いていると、昔ながら風の煙草屋さん発見。
131222-160324_R.jpg
131222-160439_R.jpg
小さな絵を見つけたのです。
「ご主人、この絵はこちらのお店の昔の姿ですか?」
「ああ、友達が書いてくれたんだよね」
131222-160544_R.jpg
ふと、このあたりを歩いてみると、
なんとなく、懐かしい風景が。
131222-161145_R.jpg
131222-161046_R.jpg
131222-160818_R.jpg
131222-161519_R.jpg
131222-161754_R.jpg
こんなすがたもありました。
131222-162620_R.jpg

「尾久再び訪問」はもう一話あります。

旧千葉街道 お江戸日本橋に立つ

両国駅から旧千葉街道に戻り、また歩く。
「旧千葉街道 なんとなく、なんとなく」というタイトルの
記事でしたが、本当になんとなくここまでやってきました。

もう両国橋近く、こんな歴史系おしゃれ建築を発見し、
記念企画 (303)_R
その脇にはたくさんの立て看板を見つけ
記念企画 (297)_R
赤穂の四十七士が討入を終えて泉岳寺に向かう途中に
ここで休憩したと書かれてます。そうだったのか~

いよいよ両国橋に辿り着き
記念企画 (311)_R
隅田川を望んでいる私です。
記念企画 (315)_R
14号線靖国通りを右脇に逸れ、
記念企画 (323)_R
柳橋をちゃんと見てきて(日曜のこの時間は静かでした)
記念企画 (329)_R
日本橋に向かう王道を歩みます。日本橋横山町。
記念企画 (341)_R
この建物も二階の意匠が美しくて、
記念企画 (351)_R
とても明るくて、清潔な地下道を渡り
記念企画 (354)_R

5分ほど歩いた先に見えてきたもの、
記念企画 (363)_R
「日本橋三井タワー」

関東だ震災後建築の「三井本館」
記念企画 (380)_R

「三越日本橋本店」
記念企画 (375)_R
記念企画 (382)_R

そして旧千葉街道の終点「日本橋」
記念企画 (386)_R
記念企画 (389)_R
日本の道はここから始まる、「日本国道路元標」
記念企画 (394)_R
記念企画 (395)_R

最後の写真はこれ、
記念企画 (403)_R
自分と待っている家族の為のスイーツを三越で購入。
旧千葉街道ワーク、時間にして8時間半、歩行数39857歩の旅はこれにて終えて
電車での帰途についたのです。


いかがだったでしょうか、
「2周年記念記事なんて言って、あんまり気合入れない方がいんじゃない」
とyokotako氏のアドバイスを受けながら、
気合が入りすぎて、一部伝わりにくい記事になってしまったかなと。
両国に付いたころには、両足が筋肉痛に襲われてました。
実際、「こんなに歩くのは初めて」というのが正直なところです。
やはり感じたのは、「街はつながっている」ということでした。
市川市内、小岩、小松川、大島など以前撮ったことがある商店街を
交差しながらこの旅は続き、過去の記事を思い出したりしてました。
これからも糸を紡ぐような記事を書き続けて行きたいです。
両国の町、「りょうをつなぐ」という感じで。

ご訪問下さった皆様、ありがとうございます。
また、ぜひ遊びにいらしてください。
kozoh55





旧千葉街道 亀戸村は広かった

旧千葉街道、堅川水路沿い、首都高速7号小松川線沿いをひたすら歩き、
逆井の渡し、旧中川を渡ると、そこは「亀戸村」。
記念企画 (100)_R
右に行くと亀戸駅向かい、左の高速道路高架の向こうに商店街が見えてきた。
なんという商店街?
記念企画 (108)_R
おーこれは以前紹介した「サンロード中の橋商店街」ではありませんか。
記念企画 (117)_R
つながっているのですね、街は。

おー嬉しい、「旧千葉街道」の標識があった。
来ていた道、少なくともこの道は正しかったのです、嬉しい。
記念企画 (127)_R
また、いい感じの銭湯発見。
記念企画 (138)_R
お稲荷さんを発見。
記念企画 (160)_R
大歓迎を受けました。可愛い、行儀いい。
記念企画 (161)_R
時間が4時を回り、そろそろ街は夕暮れになり、
今日の旅の終点を考えなければねえと思いつつ。
記念企画 (206)_R
何か個人の家の敷地内に、ありえないようなものを発見し
記念企画 (168)_R
ドキドキして、

お腹が空いてきたので、
記念企画 (246)_R
みたらし一丁いただきま。
記念企画 (248)_R
錦糸町にさしかかるころには、もう夜です。
飲み屋さんとラブホテルで、夜輝きを増す街。
記念企画 (229)_R
両国近くには、ちゃんとこんな風景を
私に見せてくれました。
記念企画 (260)_R
銭湯は今日だけで何件?この後も1件ありましたよ。
記念企画 (259)_R
6時、私のニコンデジカメのバッテリー切れ、
実は初めての体験で、予備はなく、
記念企画 (265)_R
両国駅周辺に行って何とか電源のあるコーヒー屋さんを
見つけて30分休憩。

通るだけでしたが、「横綱横丁」は
ちゃんと飲み屋街としてのすがたを見せてくれました。
記念企画 (268)_R

さあ、今日のゴールに向けて再出発。

旧千葉街道 小松川村はいずこ

実は、小岩から新小岩までがけっこう長かった~
記念企画100 (979)_R
何しろ川をまた渡りましたから、
記念企画100 (982)_R
このナチュラル感がいい「新中川」ですよ。
記念企画100 (984)_R

なぜ、小岩と新小岩は、川を隔てているのか?
なぜ小岩は江戸川区で、新小岩は葛飾区なの?

その答えはこの風景にはなかったです。(当たり前です)
記念企画100 (991)_R
記念企画 (8)_R
荒川の手前で交差する荒川と平行に走る首都高速中央環状線。
記念企画 (43)_R
今度は荒川です、大きい。
記念企画 (44)_R
そして、千葉街道国道14号線は太い幹線道路として、
平井、亀戸、錦糸町に向かうのですが、旧千葉街道は、
その道ではなく、
記念企画 (51)_R
14号線の左側を並行して走る首都高速小松川線の、
その脇にある細い道なのです。「奥の細道」かな。

「小松川神社」明治時代は小松川村かしら。
記念企画 (62)_R
記念企画 (63)_R

「逆井の渡し跡」
記念企画 (74)_R
記念企画 (78)_R
江戸から亀戸村を経て、佐倉に向かう人が、
中川を渡るために必ず通らなければならなかった渡しが
ここにあったんですねえ。
記念企画 (59)_R

次回、遂に亀戸村へ辿り着く

旧千葉街道 小岩村から

私はどこに行こうとしているの?
古い地名ばかりではわからないでしょうから、これみてね。
記念企画 (11)_R
市川町を通り、江戸川を渡り、小岩村、小松川村へと歩き、
最後は日本橋がゴールなんですね。

今日の記事は「小岩村から」
記念企画100 (891)_R
記念企画100 (897)_R
「花火屋酒店」粋な姿しちょりますね。
記念企画100 (899)_R
記念企画100 (906)_R
この旧千葉街道(現在の千葉街道も同じ)からは
記念企画100 (929)_R
小岩駅が始点となる小岩昭和通り商店街のゴールが見えてます。

銭湯を見つけましたら、
記念企画100 (920)_R
鉄道パノラマホール・何の事?
記念企画100 (924)_R
そうなんです、入り口上部にいる電車が、
記念企画100 (926)_R
なんと動いているんですよね。

しみじみ系はいっぱいあって、上部の看板建築が
ほんらいどんな形だったか興味津々。
記念企画100 (939)_R
また街道沿いに銭湯がいますよ。
記念企画100 (944)_R
この「フラワーロード」も小岩駅までまっしぐらです。
記念企画100 (960)_R