下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

京島から西へ 八広の風景

京島から今日の次の目的地、旧玉ノ井に行こうとしていたら、
yokotako氏が、「八広を回ってみようよ」と。
そして、こんな風景に出合いました。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (151)_R
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (159)_R
個人宅なのにどこか料亭風。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (175)_R
この看板建築、存在感ありますね。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (180)_R
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (183)_R
現役でしょう。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (202)_R
外壁下部のタイルがいいんですよね。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (226)_R
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (191)_R

次回は、玉ノ井、そして三ノ輪まで。

京島から西へ 文花・京島の景色

以前も紹介したことがある、東武亀戸線の小村井にこの日も
降り立ちました。「文花」という場所をもっと知りたかったのです。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (22)_R
駅すぐそばの線路沿いのお寿司屋さん。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (5)_R
ショーケースが空っぽ、これが今、営業していないことの証、
残念です。そう、ここが「文花(ぶんか)」
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (7)_R
こんな風景が続きます。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (31)_R
線路沿いの細い通りを歩くと、見えてきた煉瓦工場。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (32)_R
門の上部飾りが、見たことない姿で、外灯付きかしら。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (35)_R
建物全体も窓や玄関が、どうにも美しすぎます。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (43)_R
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (45)_R
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (40)_R
ちょっと歩くと、もうあの京島に続く「たから通り」なのです。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (91)_R
文花と京島、そして八広とつながっていく街並み。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (73)_R
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (79)_R
押上も隣町、「ふれあいの十間橋商店街」
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (97)_R
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (98)_R
この商店街は一方は浅草まで、そしてもう一方は、
なんと「きらきら橘商店街へと続くのです。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (130)_R
50年、もっと昔からかな、浅草から京島までつながっていたのでしょうね。

桜の街 もう一度訪ねたいスペシャル

下町には心がほっと休まるような、そんな姿で
桜やお花が咲いているのです。

やひろ5_R
墨田区八広(やひろ)

南千住_R
東向島(旧玉ノ井)

文花_R
墨田区文花(ぶんか)

八広_R
墨田区八広(やひろ)

南千住
南千住

京島_R
京島

ここからは「江戸時代から、お花の名所だったのですね」です。

六義園 (32)_R
六義園しだれ桜

千鳥が淵 (195)_R
千鳥ヶ淵

染井村 (24)_R
旧染井村

六義園 (53)_R
六義園

千鳥が淵 (198)_R
千鳥ヶ淵

六義園 (3)_R
六義園

千鳥が淵 (216)_R
千鳥ヶ淵

「桜の街 もう一度訪ねたい」はこのスペシャルをもって
今年は終了です。
誰もが知っている桜の名所の姿ももちろんこころに響きましたが、
普段着の姿の下町の桜やお花達も、心に染み入る美しさでした。
ご訪問の皆様、お付き合いくださって、本当にありがとうございます。

次回、またディープな下町をyokotako氏とお届け予定です。kozoh55

桜の街 もう一度訪ねたい 目黒川

田園都市線の池尻大橋駅を降りると、目黒川が目の前に現れ
そして、桜と人があふれる街に。
目黒川 (136)_R
目黒川 (39)_R
どんなけ満開なのですか。戦後に植えた桜が、今こんなにも
華やかな街を作りだしています。
目黒川 (76)_R
目黒川 (5)_R
和服姿の女性もいます。日本ですねえ、ここは。
目黒川 (49)_R
目黒川 (95)_R
目黒川 (35)_R
目黒川 (55)_R

桜は綺麗で豪華で、命を惜しげもなく捧げているような
刹那感が伝わってきました。
通りにはイタリア、インドなどの料理とワインがそこらじゅうで売られ
みんな飲んでいるのですね。
なぜ、料理やワインの写真をとらなかったのですか、私は?
それは、人、人、人で身動きが取れなかったからであります。
千鳥ヶ淵だってここまで混んでなかったですね。

最後は、下町の中の下町で出会ったお花達をもうすぐ紹介しますね。

桜の街 もう一度訪ねたい 浅草・隅田公園

夜に訪れてみました。隅田公園は今年は桜と「あれ」が
セットで楽しめますね。
隅田公園 (7)_R
ござ、いえシートを敷いて、仲間でお酒を酌み交わす。
これが日本のお花見でしたねえ。
隅田公園 (20)_R
隅田公園 (22)_R
染井吉野の白さがまぶたに焼き付きそう
隅田公園 (42)_R
そうです、今年は桜とスカイツリー。ドラマみたい。
隅田公園 (52)_R
焼き鳥とか、和風の食べ物がいっぱい売ってますよ。
隅田公園 (141)_R
乗って楽しい屋形船。見ても美し屋形船。手を振ってきます。
隅田公園 (137)_R
再び桜さん登場。
隅田公園 (56)_R
隅田公園 (61)_R
隅田公園 (98)_R
桜は主役ですが、脇役たちも見ていて飽きません。
隅田公園 (155)_R
隅田公園 (163)_R
隅田公園 (173)_R

桜の街 もう一度訪ねたい 旧染井村

駒込から約5分、染井霊園の手前に、
染井吉野発祥の地があります。
染井村 (49)_R
染井村 (5)_R
染井村 (19)_R
染井村 (39)_R
染井村 (40)_R
染井吉野の白い姿は、人の短い一生をあらわすのでしょうか。
どうしてか、お墓にこの木は似合いすぎるのです。
染井村 (78)_R
染井村 (74)_R
染井村 (83)_R
染井村 (89)_R
染井村 (40)_R

去年も染井村には行ったのですが、確か開花前。
今年は「満満満開」でした。江戸時代の植木職人が作った染井吉野は
接ぎ木だけで日本中を席巻しました。
当時の職人さんがこの日本を見たら、嬉しすぎるんでしょうね。

さくらまつりは、まだまだこれからです。

桜の街 もう一度訪ねたい 千鳥ヶ淵

私の中の桜祭り、開催です。まずは千鳥ヶ淵。
地下鉄市ヶ谷駅を出ようとすると、もう桜の街です。
千鳥が淵 (6)_R
千鳥が淵 (24)_R
千鳥が淵 (67)_R
千鳥が淵 (57)_R
皇居の内堀に高速道路が埋まって見える、不思議な風景。
千鳥が淵 (69)_R
千鳥が淵 (73)_R
千鳥が淵 (105)_R
千鳥が淵 (112)_R
千鳥が淵 (121)_R
千鳥が淵 (125)_R
千鳥が淵 (129)_R
千鳥が淵 (133)_R
千鳥ヶ淵の染井吉野は傘のように人を覆い尽くすのです。
千鳥が淵 (150)_R
千鳥が淵 (173)_R
半蔵門、近くで見たかった、中に入りたかった。
千鳥が淵 (191)_R
国立劇場には、染井吉野とは違う美しいピンクの桜が
千鳥が淵 (224)_R
ユキヤナギが、ふりそそぎます。
千鳥が淵 (239)_R
千鳥が淵 (241)_R

「桜でしたら千鳥ヶ淵がおすすめですよ」とブログお友達の
whitemoonさんが教えてくれたので、素直に行ってきました。
これは、桜と皇居と訪れる人が織りなす、芸術作品ですね。
whitemoonさん、ありがとうございます。

三溪園 建物だけ、ここも見てね

他にもお気に入りがいっぱい。
京都:西方寺にあった「海岸門」の鬼瓦。
三溪園 (436)_R
苔むした灯篭。
三溪園 (337)_R
五世紀頃のお墓。なんとなくあるものが、凄い歴史を持っている。
三溪園 (404)_R
姿が美しかったので。
三溪園 (783)_R
うちのにゃおちゃんと姿も似ていたけど
人懐っこくて、甘えん坊な感じの猫ちゃん。
三溪園 (37)_R
庭師さんかな、嬉しそうに抱っこ。
三溪園 (35)_R
嬉しそうに猫ちゃんもついていく。「スタスタ」って。
三溪園 (43)_R
別な子ですよ。みな人懐っこそう。
三溪園 (548)_R
三溪園 (108)_R
亀さんのチビ黒サンボ、わからない、古い話ですね。
三溪園 (111)_R
庭園の外のお土産物屋さん。
三溪園 (810)_R
おかみさんの熟練した技で、格闘5分。
三溪園 (807)_R
この形で、みんな笑ってました。私もゲラゲラ。
三溪園 (809)_R
本牧の商店街の入り口に、こんな建物も。
三溪園 (829)_R
三溪園 (827)_R

横浜三溪園は今日でおしまいです。ご訪問下さったみなさん。
ありがとうございます。
ここは、関東大震災、戦災ともに被害を受け、
幾つかの今は無き建築物もあるものの、国の重要文化財建築12棟あり、
それぞれが年代が違っても、庭園としての調和を凄く感じました。
それは、庭園であり住居でのあったことが大きいのでしょう。
まだこの庭園の魅力はほとんど伝えきれてません。
ですので、また、次の機会を持ちたいと思います。

三溪園 合掌造との出逢い

「旧矢箆原(やのはら)家住宅」飛騨・白川郷から
この地に移築した建物は江戸後期のもの。
三溪園 (618)_R
そもそそ、私にとって初めての合掌造り。
三溪園 (624)_R
うまやには、馬が引いたそりが静かに置かれていました。
三溪園 (635)_R
こんな家は本当にあったのですね。
北海道の日本海側の街で見た「にしん御殿」「にしん番屋」に似てますよ。
当たり前ですね、同じころ作られたのだから。
三溪園 (639)_R
三溪園 (672)_R
味噌蔵ですよ。
三溪園 (681)_R
二階も驚くほど広くて、どっしりしてます。
三溪園 (697)_R
「破れ傘刀舟(とうしゅう)」ですかねえ。
三溪園 (699)_R
天井、暗くてもちゃんと見えました。
三溪園 (710)_R
三溪園 (718)_R
三溪園 (723)_R
三溪園 (773)_R

三溪園 おもてなしでしょうか

「春草蘆」織田信長の実弟、織田有楽斎の作と言われている。
三溪園 (395)_R
茶人のおもてなし。
三溪園 (390)_R
ここに一人座っていたら、何だか離れられなくなって。
三溪園 (388)_R
三溪園 (384)_R
三溪園 (590)_R
時を、時を贅沢に使って育てたお庭。
三溪園 (410)_R
ここで賓客を最初にお迎えしたそうです。
三溪園 (580)_R
高台に向かう途中で、うっそうとした姿が怖いくらいでした。
三溪園 (517)_R
松風閣。初代は関東大震災で失われた。この地からは、
東京湾の海が見渡せた、そう、絶景だったのです。
三溪園 (471)_R
今は、埋め立てられ、工業地帯と高速道路が映し出されます。
三溪園 (475)_R
ここにも廃墟が。どんな建物だったのか
三溪園 (468)_R
三溪園 (463)_R
これが、儚い夢から覚めた後の姿ですか。
三溪園 (488)_R
「旧燈明寺三重塔」その姿が眩しくて。室町の世の京都 木津川から
三溪園 (499)_R