下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

珠玉の脇役たち 1年回顧録

お晩です、これまでの記事を思い出しながら、脇役中心に紹介します。
半分くらい、初紹介ですね。「珠玉の脇役たち」

吉原
CIMG0193_R.jpg
蒲田
CIMG2334_R.jpg
CIMG2368_R.jpg
横浜 黄金町
CIMG2733_R.jpg
染井町
CIMG3001_R.jpg
丸の内
CIMG4627_R.jpg
横須賀
横須賀_R
泉岳寺
DSC_0318_R.jpg
横浜
横浜KQJ (140)_R
荒川
王子・荒川遊園 (288)_R
亀有
亀有_R
吉祥寺
吉祥寺_R
牛込
牛込柳町~曙橋 (46)_R
高輪
高輪_R

当ブログにご訪問して下さった皆さん、
皆様のおかげで来年1月には周年を迎えることが出来そうです。
改めて感謝申しあげます。
皆様やご家族の健勝をお祈り申し上げます。
kozoh55

私のお気に入り 2012

こんばんは、今年1月に始めましたこのブログ、これまでたくさんの方に
ご訪問頂き、いっぱいコメントを頂きました。おかげさまで楽しみながら
このブログを運営できました。皆さん、本当にありがとうございます。
ここ数か月のお気に入りショットを、どうぞご覧あれ。

メリークリスニャオス
ちょっと一息10 (17)
市川市「禪 (ひらめき)」、塩がめちゃ美味、こってりポタージュ
ちょっと一息10 (13)
白金 フランス料理 デザート
ちょっと一息10 (16)
銀座 横丁 名前が思い出せない
ちょっと一息10 (12)
東上野 下谷そばの醫院
ちょっと一息10 (4)
上野駅 昭和7年4月築 集団就職
ちょっと一息10 (8)
日本橋 日本国道路元標
ちょっと一息10 (11)
銀座 三原橋地下街 都内二番目の古さ
ちょっと一息10 (3)
銀座 喫茶店「トリコロール」 回転ドア
DSC_0393_R.jpg
東上野 銀行マスコット
ちょっと一息10 (14)
下高井戸 粋な喫茶店
DSC_0083_R.jpg
FOR 街角様
DSC_0298_R.jpg

入谷・根岸界隈 江戸の三大鬼子母神とは?

旧根岸三業地に見とれていたら、もう、日も落ちかけてしまい、大急ぎで
日比谷線入谷駅近くの「入谷鬼子母神(きしもじん)」に到着。
入谷・根岸 (499)_R
子供と安産の守り神、女神、鬼子母神。入谷真源寺の鬼子母神は江戸三大鬼子母神の
ひとつとして、江戸庶民の信仰を集め、江戸時代の狂歌、
「恐れ入谷の鬼子母神、びっくり下谷の広徳寺、
どうで有馬の水天宮、志やれの内のお祖師様、うそを築地の御門跡。」
で非常に有名になったといいます。
入谷・根岸 (505)_R
可愛い神様ですね。
入谷・根岸 (508)_R
入谷・根岸 (509)_R
ちなみに、江戸三大鬼子母神とは?を調べてみたら、
偶然行っていて、写真も撮っていたので、紹介します。
雑司ヶ谷の法明寺鬼子母神。1年前にyokotako氏と行きました。ここは大きかったです。
CIMG0821_R.jpg
そして、なぜか、江戸ではなく私の本拠地、千葉県市川市の中山法華寺内にある鬼子母神。
中山法華寺 (11)_R
この新しい建物の裏手にありました。なぜこの場所に?わかりませんでしたね。

もう、暗くなってしまいましたが、鬼子母神周辺にはこんな建物が
いっぱいいっぱい見られました。根岸・入谷はほんと、歴史の街なんですね。
入谷・根岸 (536)_R
一つの建物に
玄関がいくつもあり、長屋形式にも感じました。
入谷・根岸 (518)_R
入谷・根岸 (541)_R
この手児奈せんべい屋さんがある通りは、「うぐいす通り」と呼ばれて
根岸三業地と共に栄えた、歴史のある商店街なんですねえ。
入谷・根岸 (560)_R
入谷・根岸 (558)_R
もう、真っ暗になってしまい、うぐいす通り散策は、次回の楽しみにいたします。
また次の楽しみが増えてきました。先程の江戸時代の狂歌、
〇びっくり下谷の広徳寺、
〇どうで有馬の水天宮
〇志やれの内のお祖師様
〇うそを築地の御門跡
探して見つけて見たいものです。全部、全部。

入谷・根岸界隈 旧根岸三業地の柳通り

羽二重団子の目の前にある「善性寺」には大きな大黒天像が。
入谷・根岸 (179)_R
自分もいつかは、いつだってこんな表情になれるかなあ。
入谷・根岸 (184)_R
江戸情緒を見せてくれた羽二重団子を後にして、今日の目的地「入谷の鬼子母神」に向かった。
根岸には古くから名所が多く「御行の松」は江戸時代、安藤広重も描くほどの名所であった。
初代は樹齢350年、高さ13m、三木の周囲は4mあったそうだ。初代の欠片が祀られていた。
入谷・根岸 (336)_R
三代目はまだこれからが楽しみ。
入谷・根岸 (338)_R
鬼子母神に向かう途中に、「柳通り」という静かな通りに出会う。
入谷・根岸 (354)_R
もう50年この姿で営業しているせんべい屋さんの奥さんに尋ねたら、
ここは、戦後の赤線防止法が出来るまでは、根岸三業地として、大勢の人が集まる
場所だったそうだ。柳は最近切ってしまったので目立たないけど、
今でも本来は風情のある通りらしい。残念かな、やっぱり。
入谷・根岸 (371)_R
このせんべい屋さんのすぐ脇には今はなき料亭街があったと聞き、すぐに
住宅街の中に入った。細い迷宮のような路地が続く。
「高瀬調理部」の看板。その脇が料亭の入り口だったんだろうか。
入谷・根岸 (373)_R
入谷・根岸 (412)_R
入谷・根岸 (409)_R
入谷・根岸 (399)_R
入谷・根岸 (395)_R
幾つか、現役の料亭も佇んでいた。
入谷・根岸 (417)_R
入谷・根岸 (392)_R
入谷・根岸 (418)_R
入谷・根岸 (422)_R



入谷・根岸界隈 羽二重団子が凄かった

子規庵から、また少し日暮里方面を歩くと、
文政2年(1819年)創業の「羽二重団子」が見えてきた。
入谷・根岸 (203)_R
この地は「芋坂」という谷中から続く道の途中にあったそうだ。
入谷・根岸 (204)_R
早速、店内で頂きました。素朴な美味しさを、ずっと守っている、そんな味でした。
入谷・根岸 (205)_R
お庭がほんと素晴らしかったです。見てください。
入谷・根岸 (221)_R
入谷・根岸 (226)_R
入谷・根岸 (228)_R
この井戸は、もちろん本当に使われていたもの。
入谷・根岸 (229)_R
明治、大正期のものがここにはたくさん残されていて、
彰義隊が官軍に追われ、この建物に匿われたこともあるそうだ。
入谷・根岸 (251)_R
入谷・根岸 (253)_R
入谷・根岸 (246)_R
入谷・根岸 (258)_R
江戸時代の羽二重団子。
入谷・根岸 (263)_R
明治時代の姿。
入谷・根岸 (264)_R
昭和の頃の姿。ここあたりだと、もしかしたら、
行けたかもしれない。
入谷・根岸 (262)_R
今日はここまで、明日は、色町としての「根岸」と「入谷鬼子母神」を紹介します。

入谷・根岸界隈 正岡子規のいた町

どこで覚えたかわからないけど、懐かしいフレーズ「恐れ入谷の鬼子母神」
はて、入谷とはどかだったか?どんな街だろう?
下谷とこんががっていたりもする。
山手線の鶯谷駅と近いので、そこから歩いてみることにしました。
入谷・根岸 (3)_R
大小のホテルがそびえる街、鴬谷。
入谷・根岸 (8)_R
本当にどこもかしこもホテル、ラブホテル。
入谷・根岸 (31)_R
ラブホ街の中に、突然現れた古い建物。
入谷・根岸 (82)_R
もしかして、昔の「連れ込み旅館」かもしれない。字が読めません。
入谷・根岸 (80)_R
なぜ鶯谷はラブホテル街なのか?はこれからの宿題にして、
ホテル街からほんの少し歩くと、住宅街の中に「子規庵」はあった。
入谷・根岸 (136)_R
明治・大正の俳句歌人「正岡子規はこの根岸の地に、
母・妹と3人で暮らし、34年の人生をこの地「根岸」で終えている。
入谷・根岸 (135)_R
子規庵の建物は、戦争で焼失するが、昭和26年に再建。
室内は子規が使っていた机など、当時の姿がそのまま残っていて、
ここに夏目漱石、高浜虚子、島崎藤村、伊藤左千夫が集まったそうだ。
室内撮影禁止なのが残念で残念で、、、、
中庭からの姿を紹介します。
入谷・根岸 (105)_R
入谷・根岸 (120)_R
入谷・根岸 (117)_R
昭和3年築の「子規文庫」は戦災のがれ、そのままの姿。
入谷・根岸 (128)_R
入谷・根岸 (131)_R
今は残念ながら枯れている、当時、子規の家族が使っていた井戸跡。
入谷・根岸 (123)_R

船橋 森田呉服店 創業140年の魅力

この写真を見て、過去の記事を思い出してくれる方がいたら
大変うれしいです。
DSC_0396_R.jpg

船橋本町の「広瀬直船堂」は奥の蔵に至っては、
明治時代まで遡る建物でした。

実は本町は広瀬直船堂の向かいにも歴史建築物があるのです。
創業140年を数える、「森田呉服店」
DSC_0393_R.jpg
着物、生地、手拭い、和装小物をずうっと扱い続けている老舗。
DSC_0382_R.jpg
「和」が勢ぞろいしてます。
DSC_0387_R.jpg
DSC_0388_R.jpg
DSC_0389_R.jpg
このお店は、本物のレトロであることでしょうけど、
どこを見てもお洒落なんです。呉服店ですから
当たり前、でしょうか。これも当時の扇風機です。
DSC_0391_R.jpg
DSC_0385_R.jpg
手拭いはいくつかの物はこの店オリジナルデザインだそうです。
ご主人のディスプレーも、さりげなく洗練されてます。
DSC_0392_R.jpg
たくさんの新揃えに、ミニ手拭い選びで悩むほどです。
DSC_0386_R.jpg
昭和34年のこの街を描いた手拭い、森田呉服店、広瀬直船堂、そして
今、船橋や千葉では有名な中華料理店「東魁楼」も木造家屋として
描かれてました。もちろんこの手拭いも購入。
DSC_0384_R.jpg
この煉瓦もこの建物が作られた当時そのまま残っているものだそうです。
このお店は、夜に来る方がレトロ感が一層引き立ち、いいのです。
DSC_0395_R.jpg
船橋はこれ以外も、赤線街跡地や今も残る歴史的建築の灯台、
そして船橋の地名の元となった「船橋橋」。
次回以降、紹介しますね。

増上寺 将軍・生母・御台所~同じ夢を~

6代将軍家宣公の墓所。この方が浜離宮造営にもかかわっている。
CIMG1856_R.jpg
静寛院和宮は仁孝天皇の第8皇女として14代将軍家茂の正室となりますが、
その時、15歳、家茂に逆立たれ、そして本人も31歳という若くして
亡くなっております。
CIMG1857_R.jpg
2代将軍秀忠と正室お江の方の墓所。戦災で秀忠公の廟所が焼失したため
なんと、お江の方のお墓にはいっているのです。
CIMG1855_R.jpg
圓光大師堂の山門。太子堂は平成の建築ですが、
この門はただものではなく古いと感じました。
お庭もうつくしかったなあ。
CIMG1859_R.jpg
CIMG1861_R.jpg
そうです、東京タワーは私的には増上寺の中の施設なのですよ。
CIMG1880_R.jpg
CIMG1850_R.jpg
ある意味、スカイツリーより味がありますね。
実は私はこの時初めて間近で見たのです。
CIMG1841_R.jpg
クリスマスのおまけ付きです。
CIMG1846_R.jpg
徳川家の菩提寺は芝増上寺と上野寛永寺、そして日光東照宮、
15代将軍のうち14人はこの3か所のいずれかで眠っていますが、
一人だけ、違う所に眠っている方がいます。
それは、みなさん、わかりますね。
ちなみにその方は谷中に眠っております。
今の増上寺でもその歴史とスケールの大きさに圧倒されるのに、
戦前の秀忠公の廟所なんて、今、もし見れたら仰天して
涙が止まらないような気がします。kozoh55

増上寺 徳川家 一族の眠る地

浜離宮から10分ほどで、増上寺が見えてきます。
三解脱門は太平洋戦争の戦災を免れた1622年に作られた、
当時の姿をとどめる建築物。
CIMG1800_R.jpg
CIMG1803_R.jpg
江戸時代の人達はこの建物の2階に上がり
そこから海を眺めていたというから、
この先はすぐ海だったんですね。(ぶらタモリで紹介されてました)
私も上がりたい。(上がれません)

昭和49年建築の大殿(本堂)は、いつも隣にあの東京タワーがそびえます。
CIMG1805_R.jpg
CIMG0396_R.jpg

増上寺には、6人の将軍が眠っています。2代秀忠、6代家宣、7代家継、
9代家重、12代家慶、14代家茂、以外でも大河ドラマの主人公になった
お江様様や、幕末の公武合体の犠牲となった和宮様のお墓もあります。
戦前は、この一帯はほとんど増上寺の敷地で、2代将軍の秀忠公廟所だけでも
広大な敷地にありました。東京プリンスホテルや東京タワーなど
すべて、もと増上寺なのです。
CIMG1811_R.jpg
1673年に作られた大梵鐘。江戸の梵鐘というと、浅草浅草寺、上野寛永寺、
そしてこの芝増上寺でした。
猫ちゃんがかわいかったです。ちょっと寒そうかな。
CIMG0407_R.jpg
本殿の右の方に、徳川家の今の廟所があります。
CIMG1834_R.jpg
徳川家の家紋が入った門は厳かです。
CIMG1827_R.jpg
CIMG1853_R.jpg
CIMG1826_R.jpg





浜離宮 徳川家・皇室 別荘地の今

このブログは、今年の1月に始めましたが、その少し前、
ちょうど、去年の今頃、新橋駅を降りて、浜離宮に向かいました。
その前に目に入る古新しい建物。「旧新橋駅停車場」
CIMG0367_R.jpg
当時の姿を再現して、現在は資料館となってます。
ここが明治3年3月25日に測量の第一杭を打った場所、
「0哩標識」となっています。
CIMG0366_R.jpg
CIMG0363_R.jpg
CIMG0364_R.jpg
大手門橋が見えてきました。橋からして歴史ありです。
CIMG1746_R.jpg
浜離宮は4代将軍家綱の頃に作り始め、6代家宣の代に将軍の
別邸となっています。明治維新後には皇室の離宮となり、
今を迎えているのです。まあ、見て楽しみましょう。
CIMG1750_R.jpg
東京都最大の黒松。徳川家宣時代に植えられたと言われてます。
CIMG0385_R.jpg
CIMG1763_R.jpg
CIMG1768_R.jpg
ここは都内の他の庭園と違い、海水を引き込んでの「水の庭園」なのです。
CIMG1785_R.jpg
そう、庭園の向こうには海が隣り合わせ。
CIMG1788_R.jpg
この日もyokotako氏と一緒に来ていて、
ここで抹茶と和菓子を頂きました。私的にはどちらも美味しかった。
CIMG1773_R.jpg
CIMG0376_R.jpg
冬なので、毛がたくさんの日本猫ちゃんがいました。
この庭園の守り主なんですね。
CIMG1781_R.jpg