下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

佐原 老舗「向後商店」とお団子

気がつくと、もう夕方。佐原らしい姿が目の前に。黄金色の街。
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大正3年(1914)建築の「佐原三菱館」佐原の象徴的な洋館。
建築・設計は清水満之助商店(現清水建設)
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更に足ばすと出会った、「向後酒店」樽が立体的な看板に驚いていたら、
奥さんが出てきて、「珍しいでしょこの看板。良かったら、中も見て」って。
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ご夫婦で歓迎してくれて、見せていただいた店内は、
お宝自慢を通り越した、鑑定団垂涎の物ばかり
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懐かしー
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誰、この綺麗な方は?
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誰、、、、
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この自転車をオーダーして一か月以上かかったそうです。
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帰り際、お腹を空かせた私とyokotako氏は、このお団子屋さんを発見し、
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この団子をご注文。頼んでから焼いて出してきたお団子は、
柔らかく、香ばしく、そしてコシヒカリ使用味わい深いお餅でした。
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このお店、おススメですよ「坂下だんご店」。
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今日はこれまでです。楽しい、佐原の旅でした。yokotako氏お疲れ様。
今はガス灯ではありませんが、風情があります。
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佐原 伊能忠敬とジャージャー橋

作り酒屋から伊能忠敬記念館に向かう途中で出会った建物達、
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中には歴史が感じられる看板がいくつもあり
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ここで、あの山車の人形が作られているとわかり、ちょっと納得。
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格子が美しい影を作る家。「千本格子」
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大きな、大きな蔵、「与倉屋大土蔵」。
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大きな屋根が印象的。
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そして、伊能忠敬記念館。わが国最初の実測日本地図を
作り上げたひと、そして佐原の豪商「伊能家」婿養子。
その一枚一枚が大きく、そして非常に正確な内容だったことが
よく理解できました。tako氏も私も「ふーむ、凄い」
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残念ながら、川向にある「伊能忠敬生家」は昨年の東日本大震災の
被害を受け、今は補修中で見れませんでした。
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そのかわり、私のお気に入り、樋橋(ジャージャー橋)をご紹介。
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小野川の上に農業用水を通すために作られた「樋橋」に
人が通行し始め、架け替えられ、水が流れていた頃の
音と水を出すために、この姿になったそうです。

佐原 小堀屋の黒切蕎麦と酒蔵をゆく

天明2年(1782)開業の「小堀屋本店」は現在の建物は明治25年建築。
ここで今日はお昼を頂いた。佐原 (92)_R
川越でも見かけたが、看板はもっと古い、江戸時代のものではないか。
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yokotako氏が待つこと、30分。(私は隣の旧家で遊んでいた)
店内に。ここは2階も客間だと聞いていたけど、
今は使ってないようだ。
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これが名物、「黒切蕎麦」日高の昆布を使う蕎麦は、
さっぱりとした味わいで、天ぷらも柔らかくパリッとした歯ごたえだった。
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黒切蕎麦にあやかり、招き猫も黒ちゃん。
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食べ終えて、近くの二つの酒蔵を訪れる。
ここは「馬場本店酒造」
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そして、ここが「東薫酒造。」創業文政8年(1825)
ここは全国新酒品評会で10回金賞を受賞するなど、お酒の評価も高く、
無料で見学させてくれました。初めてみるリアル酒蔵。
ここがタンク上部、そうここは3階なのです。
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ここが、その下のタンク。
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ここで大吟醸のお酒を手作業で絞っているそうです。
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「杉玉」作り酒屋の軒先に吊るし、新酒が出来たことを知らせる役割だそうです。
そういえば、昨日、上野の居酒屋さんの軒先にもありました。
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佐原 小野川と山車と祭囃子

江戸時代、物資を利根川を通り江戸に運ぶ中継の商人町として栄えた「佐原」。
小野川周辺から物語は始まります。
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蔵、この壁の厚さが歴史を感じさせてくれます。
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小野川沿いのこんな景色を眺めていたら、聞こえてきた楽しげな「笛の音」。
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佐原のもう一つの顔「祭」。今日は偶然、「佐原の大祭」の後で、
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山車の移動があり、こうして見ることが出来たのです。
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この美男子は楠正成のようです。
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凄く人間っぽい「神様」です。
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佐原の渡し船。
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和服姿の女性もちらほら。この風景に似合います。
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ちょっと一息 私の出会った銭湯達

お晩です。北千住で、たくさんの銭湯に出会っているうちに、
去年から続く、私・yokotako氏の下町ツアーで出会った中で
特集が組めるようになってきたのです。今回は特集。
まずは、今週末に本格紹介を予定している「佐原」
今は営業していない銭湯でした。綺麗なタイルが印象的でした。
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小岩の現役の銭湯。街道沿いに突然現れました。
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笹塚で見かけた「初音の湯」、ここも残念ながら役割を終えたようです。
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浅草の温泉であり銭湯。
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根津で見かけた旧銭湯、今は展示館として生きていました。
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駒込、霜降り商店街近くの「亀の湯」堂々たる姿です。
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三河島の静かな商店街で見つけた、粋な姿の銭湯。
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京島らしさがすごく好きなこの銭湯も、
再開発で終焉を待つばかりでした。
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最後です。元色町の横須賀安浦の「日の出湯」。
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今も静かに息づいていましたよ。嬉しいです。
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千住 どうしても懐かしい

千住には、まだまだ顔があります。
高札場跡の公園すぐ近くに「そっと」たたずんでいた建物。戦前でしょう。
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これも公園脇、存在感が凄いです。個人の倉庫かなあ。
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なんだかさびしげな入り口のおうち。
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こういうの、好きなんです。
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千住は大黒湯だけではなかったのですね。
ここは閉店してました。
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こんな楽しい銭湯が、繁盛しないわけがありませんね。
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西口メインの商店街「北ロード1010(せんじゅ)」で見かけた
「大橋眼科」はそれほど古い建物ではないらしいが、
見ていると、ぽーっとします。
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最後は、ディスカウントストア「ザ・プライス」。
大正9年に浅草で創業された「羊華堂洋品店」が北千住に
イトーヨーカ堂1号店を出しました。今、店名を変えて
残っているのです。
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千住は、懐かしくて、飽きが来ない、それでいて
新しいものを受け入れながら街をはぐくんでますね。
今回も、楽しかったな。
次回特集は「小江戸 佐原」10月28日アップ予定

千住 日光街道を渡り、「千住柳町」跡へ

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千住柳町に向かうと、途中であの「大黒湯」を発見。
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銭湯は正面の庇の上に彫刻を施し、その格調高さを
競い合います。これは鳳凰かしら。
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大黒様発見、
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こんな所にも発見。これは縁起がいい。
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大黒湯のすぐ近くで見かけた理容室。
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今回の千住ツアーはの一番の目的地は、ここ「千住柳町」
商店街の入り口には「千住大門」と書かれてます。
そう、ここには吉原と同じく色町としての門があったのでしょう。
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今は、地元の方の冷蔵庫代わりの惣菜たくさんの商店街です。
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このお寿司さんは有名ですね。おいなりさん売り切れ残念。
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ちょっと不思議なデザインの建物を見かけました。
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これも、ちょっと窓の上の庇が凝ってますね。
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千住 明治・大正・昭和 庶民の街へ

北千住の東口。今年4月に東京電機大学のキャンパスが
駅前に誘致され、若者の街に変わろうとしてます。
そこで見かけた姿。
飲み屋街が、この辺り一帯にあったのでは?
上部には店舗の名前が連なっていたのだと思います。
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麻雀荘、現役ではなさそうです。
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入り口の無い階段、屋上に上がってみたかった。
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再び宿場通り、「毎日通り飲食店街」
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こんな姿です。夜が待ち遠しい感じ。
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yokotako氏と一緒に甘味処「福寿堂」さんへ
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私があんみつ、yokotako氏がいそべ焼き、おしるこ。
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いそべ焼きを私も食べたけど、これが一番おいしくて、
奥さんの千住昔話が嬉しかったなあ。もうお店始めて
40年だそうです。
栗が最初から目について、聞いてみたら、数日前秋田で採ってきたそうでした。
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サンロードという通りでみかけた「石黒のあめ」。戦後間もなくから続くそうです。
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会社の同僚のおみやげに「ミックス」400円をゲット。カラフルでしょ!
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千住 下町の本陣はここかな

江戸の四宿の一つ、千住宿は、日光街道と奥羽街道の最初の宿。
まずは、その残照を探してみました。
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宿場町通りを歩くと、見えてくる、「横山家住宅」は
江戸時代後期の建築、庇の柱に残る傷は幕末「彰義隊」
のものだそうです。
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「名倉医院」は江戸時代から骨接ぎ手がけており、現在、
その名前を受けた整形外科病院が都内でもたくさん見られます。
その元祖です。
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この通りにはこんな姿のお家が普通にあります。
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宿場町通りを南に行くと江戸時代のから続いた青果市場「やっちゃ場」跡地が
見えてくる。草加・越谷・足立からの野菜を集積して
競りをする場として栄えた。この道の両脇にはたくさんのお店が並び
大八車で野菜を運んでいたという。
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大黒湯の近くで出会った畳屋さん。
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昔ながらの道具が目に入ります。
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びば、ラーメン 飽きのこない味ばかり

横浜の日本大通り付近の「ザ・ラーメン屋」
このしょうゆ味ラーメンは一言で「薄味」
ちょっと物足りなくも感じつつ、胃腸には優しい味です。
チャーシューは、どこか洋食シェフが作ったような
ハムのような味わい、これはこれで良しなんだろうね。
以前、逗子で食べたラーメンとスープがよく似ている気がした。
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私の住まいの近く、浦安の駅から0分のところにある、
「四畳半生粋浦安店」。本当に食べる場所が4畳半しかない
小さな小さなお店が、どえらい味を出してくれました。
しょうゆラーメンですが、魚の味、そうサンマの塩焼きで
漬け込んだ醤油で作っているのです。
バランスが悪いと最悪になる、、そうはならずにバランス良い
スープには満足で、全体的にはさっぱり楽しめるラーメン。
また来るしかないね。
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浅草に行った際に出会った「中華そばつし馬」の「青森煮干し中華」
どんぶりに満ちているスープは飲むとどろりとしている。
これは「青森煮干し」をたっぷり使った
「ニボニボ」スープならではの味。
ちょっと苦味はあるけれど、食べたことの無いこの味に
私は「うまい」と感じたけど。
後は、チャーシューが柔らかかったなあ。
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そして、先週、北千住訪問の際に出会ったモンスター、「牛骨らあ麺マタドール」
闘牛士とというネーミングにはほど遠い、優しい男性二人が
奏でる、音楽と料理ショーは、待っていた40分という時間を
忘れさせてくれるような、丁寧で、スマートな手さばきだったのです。
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「贅沢焼牛らあ麺1000円」ほとんどのお客様が頼んでいたこの
ラーメンは、その巨大なお肉だけでなく、
とことんやさしいしょうゆ味スープと少し硬くて自己主張してくる
メンマなど、バランスがすごく良いのです。
美味しかったです。
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ラーメン雑誌で新人部門で沢山の賞を取っていることが、
納得の一杯でした。
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