下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

東京の問屋街 浅草橋は小売可の問屋さん

柳橋を離れ、浅草橋駅に向かう。
意外と、ガード付近には飲み屋・食べ物やさんも多いこの街。
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「日本焼肉党」政党が弱体していると感じる今、力強いですね。
一切れで300メートル走れるそうです。
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立ち食い寿司の本店、上に書いてある「柳ばし代地」ってなんでしょう?
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おお、そろそろ本題ですね。こんなお店も問屋さんぽいです。
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このお店は紐やさんでしたが、古いこの店内、戦後、そのままでしょうか、
戦前まであるかも。声をかけたら怒られろそうで退散しました。
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まずは「シモジマ」さん。個人でも買えますが、小売業に従事する人なら、販促物が
一杯売っているので、必見ですよね。(大きなビルです、何カ所もお店ありました)
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ハロウィーンですね、世の中は。
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金物屋さんでしょうか?「両岡健商店」店内に入ると、生活用品や金物が
たくさん品揃えされていて、それが安い!!!!です。
私は「匠の技」というブランドの爪切りを購入。
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真ん中に展示してある、これです。確か千円そこそこの料金。
「匠の技」家で使ってみると、よく切れましたよ。
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ここは、「わー可愛いでした」とんも玉専門店「KINARI」
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この品揃え、どうです。
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「ネコちゃんのキャラは?」と伺うと、「これです」
可愛い、、招き猫??ええ、もちろん買いましたとも。
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こんな「ビードロ」のような細工物もありました。
手作り教室もやっているようでして、ここは何よりおススメのお店です。
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明日は、戦災から逃れた貴重な商店街「鳥越おかず横丁」&蔵前を紹介します。

東京の問屋街 始まりは両国から

今日は、浅草橋・蔵前という問屋街を、両国から墨田橋を渡って旅します。
ここは、両国駅の3番線ホーム。デザインがお洒落なこのホームは、
房総方面への特別車両にのみ使用するそうです。
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エコの改札には、私の小さい頃の人気力士「長谷川」の優勝の姿が飾られてます。
両国は相撲あっての街ですね。
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両国駅、駅舎。1929年に鉄筋コンクリートで作られた駅舎は、関東大震災の
被害を受けることなく、今も健在。
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ちゃんこ料理屋さん「川崎」。去年、何度かトライしましたが、いつも満員で、
結局「霧島」でちゃんこ鍋を友人と食べました。いつか行きたいです。
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両国橋は武蔵の国と下総の国の間にあることから名付けられた。
そう、この向こうから江戸だったのです。
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隅田川が一望できます。この川を上ると、浅草、スカイツリーが望めます。
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両国橋を渡り、すぐ右に回ると、今日、最初のお宝に辿り着きます。
「柳橋」昭和4年にかけられたこの橋は、「柳橋」という花街の象徴として
70年以上、ここにあります。
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かんざしのモチーフ、花街の橋ならでは。
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これは、建設当時のガス灯の姿を残してます。
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元禄時代から続く花街であった「柳橋」の地には、今もその名残が残され、
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屋形船での舟遊びは、今も都内の企業御用達なんですね。
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発見!!看板娘 まだ入ってないお店ばかり

何屋さんの看板でしょうか?キュウリのキューちゃんじゃないです。
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憧れの地に、ついに夜に出没
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本当に1号店はあるのでしょうか?
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有名すぎますね。ここは行きました、おいしかったあ~。
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高輪・泉岳寺 討入の地、本所から泉岳寺へ

ここでちょっと、両国、本所に移動。
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そう、ここが吉良上野介の屋敷跡地なのだ、今の両国駅から数分のところにあった。
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吉良上野介。忠臣蔵で敵役として評判は良くないが、三河の所領の地では
治水工事などの実施により、名君とされていたとのこと。
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「みしるし洗いの井戸」ここで吉良上野介の首を洗ったと言われている。
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そして、再び泉岳寺へ。ここが四十七士の墓所の入り口。ほこに来る人達は、
みな静かに供養を行っている。
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これが四十七士の墓所。高輪 (5)
実際には討入以前に亡くなった一人を加え、四十八士が
供養されているとの事だった。
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大石内蔵助の墓所、ことのほか地味な印象が強い。
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そして浅野内匠頭長矩と奥方様の墓所、四十七士は、吉良上野介の首を墓前に添えたのだ。
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元禄15年12月14日未明のことである。高輪・泉岳寺界隈は奥深く、そして厳かだ。

高輪・泉岳寺 忠臣蔵ゆかりのパワースポットへ

高輪消防署を出て、更に泉岳寺方面に歩みを進めると、次第に忠臣蔵と
関係のあるものに出会う。お茶席の菓子処としいて、知る人ぞ知る
「玉川屋惣八」には「討ち入りそば饅頭」
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餡があっさりして上品なおまんじゅう。この刻印は??忠臣蔵のみしるしかな。
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この近くの住宅街の中に、ひっそりと現れた、「忠烈の跡」。大石良雄ほか16名が
主君の仇討を果たした後、肥後熊本藩預かりとなり、この熊本藩下屋敷跡地で切腹、自害したのだ。
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ここからは、細い通りをひたすら抜けていくと、あのお寺が姿を現した。
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泉岳寺山門、この建物を目にしただけで、何か厳かなものを感じ、
気持ちが静かになっていく自分。
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「大石良雄像」書物を持つ姿が内蔵助が知識人であったことを彷彿とさせる。
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本堂も、山門同様に地味な姿だ。
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「首洗い井戸」仇討を果たした大石内蔵助ほか四十七士が吉良上野介の
首を洗い、墓前に供え、報告した。
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高輪・泉岳寺 高輪消防署日本榎出張所

歩みを進めると、目の前に神々しく現れた、「高輪消防署二本榎出張所」
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近付いていくと、古さと美しさ(ドイツ風)が目の前に、
昭和8年に建てられたこの建物は、今も現役。
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思わず、中を見せてもらおうと、中へ、、、
ダメモトで「見学させてもらえませんか」「いいですよスタッフが紹介します」
なんと親切な、、、涙がチョチョ切れる前に、イケメン消防士登場、
「どうぞ、3階にご案内します」
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ではでは、2階にゴーだ。
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ほー凄いぞ、この建物、中も美しい。
江戸時代、明治大正時代の火消・消防グッズがずらり。
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これは火消しポンプ。
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一本の丸い木材を切って作った折り畳みの梯子。
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この方がイケメン消防士、拡大写真を撮りたかったけど、出来ずじまい。残念。
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さらにこの階段を上がると4階へ。建築時には、ここから海が見えたそうです。
残念、ここから上は立ち入り禁止。
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最後に見せてくれたのは、昔のTVで火事が発生すると、2階からポールで
伝って降りていく姿。ここにはその設備が今も残っているのです。
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明日は、泉岳寺「忠臣蔵編」へ。

高輪・泉岳寺 柘榴坂を上がり

品川駅を降りて、目に入るのは品川プリンスホテル。
プリンス
柘榴坂(ざくろざか)という不思議な名前の坂を上がるとパシフィックホテルが、
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道なりに沿って右に曲がっていくと、そこには」グランドプリンス高輪。
新しい建築物も美しいと、ぽーっと見とれてしまう。
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高輪界隈の凄いところが、ここから少しだけ離れると、普通にこんな建物が
あるところ。
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この通りの名前「日本榎通り」には、寺社も多い。
「光福寺」は他にはない見どころが、、、
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猫も多い、かな。めちゃかわいい!
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無縁仏の塚がいくつもあった。
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この奇怪な姿のお地蔵さんは「ゆうれい地蔵」と呼ばれて、
親子の幽霊が現れたという民話が残っていて、今は子安地蔵として
振興されているとのことです。確かに怖くない?かも。
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やっぱ、見た目はヤバイゼ。
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ということで、今回別のお寺で見つけた、私のキャラ「小僧」ご紹介。
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ただただ北海道 ラーメン馬鹿としては

やっぱり紹介しなきゃいけませんね、美味しかったもの達を。
旭川の名門中の名門「青葉」のしょうゆラーメン。写真ではわかりませんが、
麺の色がスープと同じような色で、食感も腰の強さが独特なのです。
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高校時代に過ごした深川にある「ちびラーメン」の角煮味噌ラーメン、
札幌ラーメン系独特の舌にストレートに来る味噌味。野菜にも味がのってます。
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地元沼田町にある、数少ない食堂「やえがし」のしょうゆラーメン。
スープも具もチャーシューも東京風で、麺は北海道っぽい少し太麺。
やさしいスープに、しみじみと味わいました。
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千歳空港の「ラーメン道場」に入っている苫小牧の名店「王華」の塩とんこつラーメン。
王華は味噌ラーメンが有名らしいですが、私はこの飽きのこないちょいこってり&
あっさりラーメンが大好きなのです。
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そして、神居古潭(カムイコタン)近くのドライブインで買って食べたトウキビ。
こいつの甘さと味の濃さときたら、、、粒ピカですよ。
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最後はクイズの回答、2問目のみまずは公開しますね。
この写真でわかりますでしょうか。そうです、南樺太(みなみからふと)ですね。
拡大してみると「中知床半島」「北知床半島」などと書いてあります。
終戦時、人口は40万人いて、鉄道も走っていたようですね。
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もう1問の答えは、忘れた頃に紹介しますね。

ただただ北海道 旭川市内をぶらりんこ

実はこの数日間、沼田や旭川は雨でした。気温20度は群馬の友人に
プレゼントしたくなるものです。
旭川市内には駅から10~20分で歩ける所に古い建物がたくさん。
ここ「キッコーニホン醸造所」もよかったです。
明治23年に鈴木亀蔵さんという方が、「笠原酒造店」を創業し、
その時に建てられたものです。
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二階の窓の縦の格子、風情がありますね。
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店内からの外
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古い時代からの道具たち。
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当時の顕微鏡。高価なものだったのでしょう。
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しょうゆから始まり、酢、そしてドレッシングへと。
品揃えは膨らんでいくのですね。
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このキャラクターは、うーん、なんだっけ、忘れた。
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この、のれん?いいですねえ、文字が右から左です。
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店舗の脇から奥に入ると、広大な敷地が。今もここで醤油作りしているのです。
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作っているという時間が味わえる「蔵」なのですね。
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「ただただ北海道」編はまだ終われないかも。by kozoh55


ただただ北海道 旭川の「銀座」を歩く

岡田亭のすぐ近く、一条通から四条通までをまたぐ、大きな「銀座商店街」は
パッと見た感じはその凄さをわからないが、、、
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この銀座デパートを初めとして、
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中に入るとたくさんのお店が市場として一般のお客様を、もう50年近く
あたたかく迎えてくれているのです。
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これは銀座ストア。
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中に入るとたくさんの生鮮屋さんがズラリ、どれも新鮮そう。
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これはニュー銀座、うーんだんだんどこがどこだか?
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まずは肉、もつ系だい。
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そして、お・さ・か・な。
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まだまだあるよ、第一市場
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この通路の狭さがまたいいですね。
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ということで、悩んだ挙句、この「かんだ」というお店が
美味しそうで親切そうな奥さんもいて、「富良野メロン」を
1玉500円×5個、千葉に行くってもらったのです。
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これです。
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いやーこの赤肉、甘かったあ~。皆さんご承知でしょうけど、北海道の人はメロンを食べるとき、
真っ二つに切って、半分を一人で食べるのです。これ本当!
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ちなみに連れには半分は多かったらしく、体調崩しておりました。yokotako氏にも2個送ったが
あいつも体調崩すなら今日あたりだね。ふふ。