下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

横須賀 夢の残照を探して 番外編

この街は、駅の名前も「安浦」から「県立大学」に切り替え、この街のすぐ先にあった港や海を埋め立てによって遠ざけ、平成町という新しい街、巨大マンション群を作り上げている。でも、まだアーチの骨組みがあるように、街の中には大正?昭和がしっかりと息をしていた。残してくれたこの街の方々に感謝したい。
安浦神社の入り口左側で見かけた文字、そうかここはあの「純ちゃん」の地元なのだった。
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「横須賀には美味しいラーメン屋はないかもしれない」というtako氏の意見を聞き、「逗子」で途中下車して出会ったお店「支那そば哉」。
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大盛りを頼んだけど、量が少なかったかな。でも、スープが甘くてまろやかで、全く飽きがこないものだったので、最近の私にしては珍しく、スープまで完食」私はこの店が自宅近くにあったら通うだろう。
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アジサイの季節、普通の人は横須賀ではなく、鎌倉のアジサイ寺に行くらしい、そりゃそうだけど、こんなに綺麗なアジサイをいろんなところで見かけることが出来たこの旅に花丸をつけてあげたい。
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横須賀 夢の残照を探して 安浦 その弐

安浦には田浦よりも、往事の姿を残すものがたくさんあった。
当時の典型的な、旅館?カフェ?だったのではないだろうか。正面入り口の右脇に小さな入り口があったり、
右側の入り口が奥まっていたり当時の特徴がそのまま残っている。
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古いデザインの電柱と電燈。なんかそういえば、小さい頃こんなデザインの電柱を見たかもしれない。
コンクリートではなく鉄?銅?なのだ。
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この建物には、角のこの部分に昔は看板か何かを掲げていたようだ。当時の姿が見てみたい。
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先程のあずま通りで見かけた「日の出湯」若いオーナーさんらしき人に聞いたら、父がここを買ってから50年以上たっていて、その前から営業していたらしい。
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入り口下には七福神達の姿が描かれている。楽しい銭湯だ。
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銭湯の裏の通りを歩いていたら、懐かしい「リアカー」が私を迎えてくれた。
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私の母は、父と一緒に八百屋を営んでいて、私が生まれる日も、このリアカーで荷物を運んでいたそうだ。
もちろん自分は覚えていない。

横須賀 夢の残照を探して 安浦 その壱

田浦から京急電車に乗って横須賀中央駅の次の駅、県立大学駅にて降りる。ここは昔も今も「安浦」という名の港町だった。国道16号線に並行して細い通りが何本もある。見ての通り、静かな街だ。
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「SNACK RICH AMERICAMS WELCOME」AMERICANのNがMに間違えられて治してある。米軍の人達をお客様にしていたのだろう。
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古い床屋さん?屋号のような文字が見える。
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良美軒。扉のドアも、戦前戦後によく見かけたしゃれたデザイン。床屋さんの前はカフェだったのかもしれない。
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床のタイルはまさにそんな歴史を彷彿とさせてくれる。
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通りの最後に見つけた、商店街のアーチの骨組。「あずま通り」という商店街だったのだ、この街は。
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こんな姿で、街は残り香を発している。どうして骨組みを取り払わないのだろう。

横須賀 夢の残照を探して 田浦

東京からJRや京浜急行で1時間ほど揺られた、小さな街「田浦」には戦前・戦後の残照を見ることができる、そんな情報をネットで手に入れ、最強の連れであるtako氏と、街歩きを始めた。
「仲通り商店街」どこにでもありそうな、地方にありがちな寂れかけた商店街、いや、日曜日でお休みな
だけかもしれない。
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スズラン花のような照明は、なんだか新鮮な感じもする。
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商店街から一本外れた通りに、歴史を感じさせる路地が現れた。
木枠の引き戸に、上部の飾り窓。
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可愛いライオンちゃんが目に飛び込んできた。おどけて見えるのは私だけ?
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鉄筋コンクリートの建物。小さな港町に似つかわしくない古い建物。
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古い鉄板で覆われた建物。二階家なのに三階建てにみえてしまう。
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窓や扉は、凝ったデザインで、自分も住んでみたくなる。
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戦前からの普通の民家だと思う。木造の家屋が商店街の脇に静かに佇んでいた。
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細い路地に突然あらわれた旅館。営業しているのだろうか。中を覗いたら、江戸時代の浮世絵のようなものが壁に張り出されていた。中に入ってみたいね。
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本郷 最後はやっぱりあの門で締めくくりましょう

菊坂を上りきると、そこは本郷三丁目。「本郷もかねやすまでは江戸の内」京都から移転してきて、今でいう「歯医者」を営んでいた兼康が歯磨き粉を売りに出して大成功し、小間物屋「かねやす」を出していた。ここが江戸の北端と言われていたらしい。
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うん。本郷薬師?これは見覚えがある、そうだ、たぶんこの近くにあった旅館に、私は泊まったのだろう、でも、それらしき建物を見つけることはできなかった。何しろ昭和の頃の話なのだ。
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そして赤門。東京大学は加賀前田家の上屋敷があった場所にあり、当時の遺構が残っているのは、もう「赤門」だけらしい。確かに武家屋敷の門、そのものだ。
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本郷界隈の民家には、こんな綺麗なアジサイが咲き誇ってました。幸せ、幸せ。
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本郷 古いばかりじゃなく、美味しいのよ

本郷は、古い建物ばかりじゃなく、この菊坂には名物もあり。
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ゑちごやさんは建物が新しかったので期待薄で「いつから」って聞いたら、普通に「もう130年やっているよ」
「そ、そうですか」
大福を頂いたら、柔らかかったな~、たまらん。
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坂を少し上ると、赤い「まるや肉店」コロッケが名物だそうだ。
名物に美味いものばかり、「菊坂コロッケ」110円は、お芋の形が残ってほくほくしていて、CIMG5532_R.jpg
油がいいのを使ってか、お腹にもたれない嬉しいコロッケ。奥さんがお茶まで下さったよ。
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実はこの日も弥生坂にあるラーメン屋さんには行ったんだけど、この2店舗の印象が強すぎて、写真の紹介だけにします。岡村屋さん。家系の正統派の味は、基本美味しかったけど、これからを期待しよう。まだ開店数か月。
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本郷 文人たちの過ごした街

本郷には植物が建物、窓まで覆い尽くすこんな景色が珍しくない。
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路地の中にひっそりと現れた、「徳田秋声旧宅」まだ人が住んでいるので、中に入れないのが残念。
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修学旅行や受験客が利用する古い旅館が多い街、本郷。「鳳明館」有形文化財に指定されている。
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入り口内部も、懐かしい。自分も高校の修学旅行の時に、この旅館を利用したかもしれない。
枕投げや、寝たふり作戦、興奮して眠れやしないよ。
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樋口一葉が生活費を工面するために利用したという質屋「「旧伊勢谷質店」
左側の蔵がとにかく立派だった。
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そしてこれまた極め付き、「樋口一菊坂旧居跡」
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手前に見える井戸を樋口一葉が利用していたらしい。その向こうには時間が止まったような「旧居」が
2棟がつながって、佇んでいる。

本郷 東大の近くは関東大震災や戦災も受けなかったのです

東大を出て、周辺を歩くと、戦前からの建物?と思ってしまうような建物が続きます。
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本郷通りの裏路地で見つけた旅館。
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古い外灯。どうしてこんなものが残っているのかな。
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見つけました。今日凄い場所その1。
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「万定フルーツパーラー」
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驚きの店内です。オーダーしたオレンジジュース持ってきてくれた上品そうなおばあちゃんに、「このお店はいつから?」「大正3年、このあたりは関東大震災や戦災も受けなかったんですよ」
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オレンジジュースは、オレンジだけの優しく、まろやかな味。
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このカウンター、ドラマのセットじゃないんです。
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このレジ、何者だろう、ベースが木で出来た上品な作り、
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「ナショナル キャッシ レジスター」現在のNCRの前身の会社?アメリカ製。
昭和9年に購入した際、9000円、今だと家一軒買える金額だったそうだ。
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何と、レジスターは今も使えるし、使っていた。ジュース代350円を、35銭としてキーをたたいていた。
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もう感動でお腹一杯なのに、トイレでまたビックリ、これが大正時代のトイレ?
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本郷 弥生坂から

私は本郷に縁があります。数十年前、北海道から大学受験で上京した時、本郷三丁目の古い旅館に泊まって、幾つかの大学を受験したのでした。ちゃんとこの街を歩くのはそれ以来です。根津の駅を降りて、弥生坂を上ると、「弥生式土器発掘ゆかりの地」碑がありました。
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この後ろはもう、東京大学の敷地、ずうずうしく中に入り、「弥生式土器はどこで見つかったんですかねえ」と勝手に探し回ったら、この場所に辿り着きました。
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ここに新しい校舎を作ろうとしたら、出てきたとのこと。観光化されてませんねえ、ここ。

東京大学の正門は、赤門ではないのですね。ごく、普通、かな?
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そして、見えてきました、あの建物。「安田講堂」。安田財閥の安田善次郎の寄付で作られたこの建物は、私の中では、学生運動、60年安保の象徴なのです。
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この建物は、何か立ち寄るものに語りかけてくる感じがします。

東大にあると、ローソンですら東大カラーに染められるんですね。
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「ちょっと一息」つきたくなった

そんな気持ちで、かあ~るく書いてしまうコーナーを作ってしまいました。
第1回目記念すべき作品は、これ、「ダチョウ」ふるさと北海道の新しい産業?
たまごは超固いです。空知地方の北竜町のひまわり畑に行くと見れますよ。
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エサあげると、手まで食べられそうになるし。