下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

内藤新宿 宿場町としての悲しい歴史

新宿御苑を離れ、もう一度新宿2丁目を歩き、なんとか
太宗寺は以外の内藤新宿の歴史を知る地を探す。
「成覚寺」この地では、悲しい歴史を知ることになる。
内藤新宿にいた「飯盛女」(子供と呼ばれていた)が亡くなった際に
投げ込まれるように葬られたのを弔った「子供合埋碑」。
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新宿には、知らない街並みがまだいっぱい。
ここは、「花園通り」
柳並木を見て、先日行った根岸町を思い出しました。
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「要通り」本当に小さな通りなのに
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名前が付けられ、周りには風情ある飲食店がたくさんありました。
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内藤新宿の記事は、今日で終了です。
品川宿を記事にしようと思った時と同じく、
なかなか、当時の姿や、関連した建物や物語を
発見することが出来ませんでした。
内藤家=新宿御苑の紹介かなあというのが正直なところですね。
ご訪問下さった皆さん、ありがとうございます。
明日、1月21日、このブログは開設一周年を迎えます。
kozoh55

内藤新宿 真冬の新宿御苑 

この日も、やはり新宿御苑には訪れずにはいられません。
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真冬だと、お花を楽しめるのでしょうか。
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明治29年建築のクラブハウスは天皇家が利用していました。
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照明も上品で美しかったです。
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江戸時代の内藤家の庭園の面影を残す「玉藻池」
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ここの姿は、その日一番の風景でした。
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昭和の初めに作られた日本庭園。
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最後は、フランス風のガーデンです。
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お花が満開の時期でなくても、美しいものは、美しいのです。

内藤新宿ゆかりの太宗寺 

新宿二丁目には、ちゃんと内藤新区の記憶を残す
寺社がありました。「太宗寺」
内藤家の墓所がこの地にありました。
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ひときわ目を引いた、「銅像地蔵菩薩像」
江戸6地蔵の一つです。
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私が行ったことのある6地蔵は、品川の品川寺の「地蔵菩薩」
いかがでしょう、どちらが魅力的かな。
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私的には、太宗寺の方が何か私に訴えかけてくれた、そんな気がしました。
これは江戸時代に作られた「三日月不動像」祀る建物です。
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こちらにの建物には、「閻魔像」と「奪衣婆像」があり、
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閻魔さまは凄い迫力でした。
「奪衣婆像」はそれよりも迫力のある姿でしたが、
残念、どうにも写真に収めることは出来なかったのです。
(ぜひネットで見てください、凄い迫力です)
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内藤新宿 末広通りから新宿二丁目を行く

新宿3丁目。今も残る通り「末広通り」は随分と歴史があるものらしい。
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だからこそ、そこに寄せとしての「末広亭」があるのでしょう。
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通りを現す、看板が可愛かったので。
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末広亭のすぐ脇にあ熊本ラーメンで有名な「桂花」があるのです。
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末広通りから、新宿2丁目に足を運ぶと、下町特有の
質屋さんと出会うことができた。
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個人の家とは思えぬほど美しい屋根。
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この通りはこんな姿でした。飲み屋がたくさんあってちょっと不思議な
店名がいっぱい。
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この建物は、いつからこの姿なんでしょうね。
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内藤新宿 春の新宿御苑への憧れ

江戸五街道(東海道、中山道、甲州街道、東北道、日光街道)
のひとつ、甲州街道の最初の宿場、内藤新宿を
紹介したいのです。
今の地名だと新宿1丁目~3丁目あたりにあったようです。
新宿御苑は信濃高遠藩の下屋敷があった場所。
内藤新宿のお隣さん、なので一緒に紹介。

去年の春に行った際の花咲き誇る新宿御苑が忘れられません。
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桜の花は、あまりにも美しすぎて、言葉を失いました。

その日、新宿御苑は、お花見客で一杯でした。

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新宿御苑の回りの住宅街「内藤町一番地」は今も生きている地名。
四谷区という行政区分が、昔はあったのですね。
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