下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

入谷・根岸界隈 江戸の三大鬼子母神とは?

旧根岸三業地に見とれていたら、もう、日も落ちかけてしまい、大急ぎで
日比谷線入谷駅近くの「入谷鬼子母神(きしもじん)」に到着。
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子供と安産の守り神、女神、鬼子母神。入谷真源寺の鬼子母神は江戸三大鬼子母神の
ひとつとして、江戸庶民の信仰を集め、江戸時代の狂歌、
「恐れ入谷の鬼子母神、びっくり下谷の広徳寺、
どうで有馬の水天宮、志やれの内のお祖師様、うそを築地の御門跡。」
で非常に有名になったといいます。
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可愛い神様ですね。
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ちなみに、江戸三大鬼子母神とは?を調べてみたら、
偶然行っていて、写真も撮っていたので、紹介します。
雑司ヶ谷の法明寺鬼子母神。1年前にyokotako氏と行きました。ここは大きかったです。
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そして、なぜか、江戸ではなく私の本拠地、千葉県市川市の中山法華寺内にある鬼子母神。
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この新しい建物の裏手にありました。なぜこの場所に?わかりませんでしたね。

もう、暗くなってしまいましたが、鬼子母神周辺にはこんな建物が
いっぱいいっぱい見られました。根岸・入谷はほんと、歴史の街なんですね。
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一つの建物に
玄関がいくつもあり、長屋形式にも感じました。
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この手児奈せんべい屋さんがある通りは、「うぐいす通り」と呼ばれて
根岸三業地と共に栄えた、歴史のある商店街なんですねえ。
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もう、真っ暗になってしまい、うぐいす通り散策は、次回の楽しみにいたします。
また次の楽しみが増えてきました。先程の江戸時代の狂歌、
〇びっくり下谷の広徳寺、
〇どうで有馬の水天宮
〇志やれの内のお祖師様
〇うそを築地の御門跡
探して見つけて見たいものです。全部、全部。

入谷・根岸界隈 旧根岸三業地の柳通り

羽二重団子の目の前にある「善性寺」には大きな大黒天像が。
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自分もいつかは、いつだってこんな表情になれるかなあ。
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江戸情緒を見せてくれた羽二重団子を後にして、今日の目的地「入谷の鬼子母神」に向かった。
根岸には古くから名所が多く「御行の松」は江戸時代、安藤広重も描くほどの名所であった。
初代は樹齢350年、高さ13m、三木の周囲は4mあったそうだ。初代の欠片が祀られていた。
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三代目はまだこれからが楽しみ。
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鬼子母神に向かう途中に、「柳通り」という静かな通りに出会う。
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もう50年この姿で営業しているせんべい屋さんの奥さんに尋ねたら、
ここは、戦後の赤線防止法が出来るまでは、根岸三業地として、大勢の人が集まる
場所だったそうだ。柳は最近切ってしまったので目立たないけど、
今でも本来は風情のある通りらしい。残念かな、やっぱり。
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このせんべい屋さんのすぐ脇には今はなき料亭街があったと聞き、すぐに
住宅街の中に入った。細い迷宮のような路地が続く。
「高瀬調理部」の看板。その脇が料亭の入り口だったんだろうか。
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幾つか、現役の料亭も佇んでいた。
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入谷・根岸界隈 羽二重団子が凄かった

子規庵から、また少し日暮里方面を歩くと、
文政2年(1819年)創業の「羽二重団子」が見えてきた。
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この地は「芋坂」という谷中から続く道の途中にあったそうだ。
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早速、店内で頂きました。素朴な美味しさを、ずっと守っている、そんな味でした。
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お庭がほんと素晴らしかったです。見てください。
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この井戸は、もちろん本当に使われていたもの。
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明治、大正期のものがここにはたくさん残されていて、
彰義隊が官軍に追われ、この建物に匿われたこともあるそうだ。
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江戸時代の羽二重団子。
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明治時代の姿。
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昭和の頃の姿。ここあたりだと、もしかしたら、
行けたかもしれない。
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今日はここまで、明日は、色町としての「根岸」と「入谷鬼子母神」を紹介します。

入谷・根岸界隈 正岡子規のいた町

どこで覚えたかわからないけど、懐かしいフレーズ「恐れ入谷の鬼子母神」
はて、入谷とはどかだったか?どんな街だろう?
下谷とこんががっていたりもする。
山手線の鶯谷駅と近いので、そこから歩いてみることにしました。
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大小のホテルがそびえる街、鴬谷。
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本当にどこもかしこもホテル、ラブホテル。
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ラブホ街の中に、突然現れた古い建物。
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もしかして、昔の「連れ込み旅館」かもしれない。字が読めません。
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なぜ鶯谷はラブホテル街なのか?はこれからの宿題にして、
ホテル街からほんの少し歩くと、住宅街の中に「子規庵」はあった。
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明治・大正の俳句歌人「正岡子規はこの根岸の地に、
母・妹と3人で暮らし、34年の人生をこの地「根岸」で終えている。
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子規庵の建物は、戦争で焼失するが、昭和26年に再建。
室内は子規が使っていた机など、当時の姿がそのまま残っていて、
ここに夏目漱石、高浜虚子、島崎藤村、伊藤左千夫が集まったそうだ。
室内撮影禁止なのが残念で残念で、、、、
中庭からの姿を紹介します。
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昭和3年築の「子規文庫」は戦災のがれ、そのままの姿。
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今は残念ながら枯れている、当時、子規の家族が使っていた井戸跡。
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