下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

浦安 明治2年 旧宇田川家住宅

先程紹介した「旧大塚家住宅」のすぐそばに、「旧宇田川家住宅」はありました。
こちらは、戦前までは商家で、戦後は「宇田川診療所」として、
地域の人々に親しまれてきたのです。
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格子の玄関が素晴らしいです。防犯でしょうか、入り口はかがまないと入れません。
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どこぞの奥様と番頭さんでしょうか。
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ここからが住まいです。
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柱にある住まいの「お守り」がこの部屋の四方にありました。
こんなにも頼りがいのあるお家に住んでみたいです。
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奥座敷です。
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ここのお守りたちはそれぞれが別の姿、、、、
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お庭は広く、当時のお金持ちだったことが伝わります。
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おトイレは、つい最近まで使っていた感じでした。
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ここから宇田川家の家族の為の2階に上がります。
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2階は、更に立派に私には見えました。
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そしてこれは、階段ではなく、梯子のようなもので上がる、使用人達の
共同の2階部屋です、その差が歴然としてますね。
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もう一度、外からこの「お屋敷」を眺めました。
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「旧宇田川家住宅」は昭和57年10月20日に市指定有形文化財となりました。
市の施設として見学が可能です。

最後に、この日似た風景、「堀江フラワー通り」
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昭和45年頃までは、この辺りの人々が漁業権を持ち、
漁業を行い、市場もこの辺りにあったことから、浦安一番の
繁華街だったそうです。
思わずまた、「銭湯」を見つけてしまいました。
現役だったのが何よりですねえ。
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私の住まい、市川市から電車で10分ほどの所に、こんな素敵な場所があるんのですね。
楽しかったです。次回アップは事情により、少しお時間を頂きます。

浦安 江戸末期 旧大塚家住宅

浦安と言えば、東京ディズニーランドとそれを囲む一流ホテル街。
それと、埋め立てされてない古くからの街は、私の中では、
水のあるこんな印象でした。
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浦安駅から5分、堀江という町の住宅街にひっそりたたずんでた「旧大塚家住宅」は、
建築構造と様式から、江戸時代末期の建築。そして茅葺の屋根。
大塚家は半漁半農でした。
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ここが仕事場としての入り口。
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入ると土間と高い天井が。
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居間とそこに住む家族たちが見えてきます。
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あまりにもリアルすぎて、言葉が出ませんでした。
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ここで料理などはすべて行っていたようです。
竈(かまど)の事を「へっつい」と呼んでいたそうです。
当時の物をそのまま使って火を起こしていました。
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上と下に分かれてます。これはえ、江戸時代は神様と仏壇を一緒に
あがめていたことの証ですね。
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お庭からの景色。
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これは、「せっちん」ですね。
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これは、わかるでしょうか?
そう、階段の無い2階なのです。
浦安は水害の被害を受けやすい土地であったため、
いざ洪水の時には、ここに梯子を持ってきて、
家族が登り難を逃れたのです。
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「旧 大塚家住宅」は平成14年3月3月39日に県指定有形文化財に指定されました。
市の施設として見学出来ます。