下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

目黒 最後に辿り着いたここが、一番のお気に入りです。

江戸三大大火の一つ「行人坂の大火」の火元はこのお寺、「大圓寺」
江戸の三分の一を焼いて、死者は1万7千人を数えた。
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大火の犠牲者を供養するために作られた五百羅漢像。
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その一つ一つの表情が違っている。
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東京では珍しい、道祖神のの姿も。左の人の笑顔が優しい。
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そして、お地蔵さん?小僧さん?まるで私のようだった。
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今度目黒に来るときは、目黒雅叙園の「秘宝」をtako氏とともに見てみたいものです。
ちなみにこの辺りの場所は、あの「八百屋お七」と所縁があるらしい。

目黒 行人坂には見どころがいっぱい

目黒雅叙園は昭和4年に高級料亭として営業され、日本で最初の結婚式場です。
百段階段という場所には、当時の贅を尽くした職人芸の装飾が各部屋を彩っているとの事です。
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時間が足りなくて、(身分不相応だからかも?)今回は残念ながら入れなかったけど、どの場所も洗練されて美しさに、はっとしました。
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しゃちほこ?ですか。
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愛する人を、こういったところに連れてきて、愛情を確認する。そんな場所なんでしょうか。
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やはり 目黒はお金持ちがお金持ちが多そう

住宅街はどうなっているのと、ちょっと路地に入ってみると、
こんなお洒落な一軒家が普通にあったり、
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何部屋あるのだろうという感じのこのお家も、もちろん個人宅でした。
恐るべし、目黒人。
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いやいや、もっと庶民的な街だよという面もありましたよ、美味しいお店。
この店の肉まんは具沢山で、生地もデカッです。1個食べたらもう晩御飯はいらないですよ。
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「頑固蛸」。ここのたこ焼きは、タコが大きくて柔らかったし、、何だか知らないけど、
たこ焼き屋で芸能人の色紙がたくさんはられていたよ。(例:向井理)
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tako氏がタコ食べて、火傷していたよ。南無阿弥陀仏。
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目黒は輸入アンティーク家具の街

歴史があり、有名なこのお寺も住宅街に囲まれているせいか、西新井大師や柴又のように、
甘味処がたくさんある門前町が発達しなかったようで、スイーツにありつけなかった私としては、
次の面白スポット探しに出かけたのです。
「Point No 39」
駅につながる太い道に出て、見つけたこのお店。全て自らがアメリカに行って仕入れてきたものだそうです。
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これは、米軍のARMY達のクリーニング管理するのに使っていたピンだそうです。1個210円。
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目黒は歩くと家具屋さんに当たるくらい、たくさんのお店が軒を連ねています。
モーモーちゃんとテントウムシは家具かしら。
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滑り台など、売っているものですか?買えるような広い土地に住む目黒人とは?
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目黒 住宅街の中に突然現れました 目黒不動尊

住宅街の狭い階段を上がっていくと、まずはお墓が見えてきました。
「甘藷先生」青木昆陽先生のお墓。さつまいもが供えてありますね。
この方が、今の小石川植物園や千葉市の幕張でさつまいも栽培を実験、実用化し、天明の飢饉では多くの人命を救ったらしいですから、すごい人です。
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更に進むと、住宅街の中に突如現れた巨大な建物、そして仏像。大日如来像。優しい表情に自分の気持ちがほぐれました。
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そして目黒と言えば、これです「目黒不動尊」正式名は泰叡山龍泉寺。江戸時代のお不動様信仰や、富くじの開催場所、徳川将軍家の庇護などで、江戸、明治と大きな賑わいだったようです。
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9世紀創建といわれるこのお寺には「独鈷の滝」といわれる枯れることのない滝が、今も健康を願う人々の信仰を集めているのです。
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元気な龍ですね。
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目黒はこれからが面白、不思議です。