下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

美味しくもありました、この岩国は

お腹がすいてきたので、とりあえず入った。広島風のお好み焼きやさん。お一人1000円もしないのに、美味しさはこの上ないものでした。地元の方々に愛されるお店は、いつだって繁盛しているのですね。
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この旅の連れが、一言「これはなんという生き物なの?まさか猫?」
その通り、これは猫ではありませんよね、たぶん、確かに、でも、、、何の生き物かしら。
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この子にも?が、、、いや、これは猫でしょう。人懐っこかったし。
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再建された岩国城とは別に、建設当時の岩国城の石垣が再建されているのです。どうでしょう、この迫力。戦において負けたことのない、吉川広家の面構えが、そのまま息づいているようです。
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お城から見た景色パート2。公園となっている城の周りの緑が眩しいです。
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岩国は、その自然の地形にこそ美しさがあるんだなあ、と、この全景を見てつくづく感じましたね。
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奥の深い街です、岩国 あちこちに城下町の名残がいっぱい

まだまだ紹介したい、楽しい街です。この辺りが、商人の街並み。
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戦前の建物ならでは。文字が右から左に流れています。
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二階の格子が美しいです。
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そして、武士の街の名残、これは家老の屋敷の門が今も残っていました。
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当時のお庭が今もそのままの姿で残されているのは奇跡的です。
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特別な名所として扱われているわけでないこの場所が、私には眩しいくらいでした。
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もう一つの美しい史跡 岩国城

先程も紹介した岩国藩初代藩主、吉川広家が築城したお城は、長州藩の支藩という位置付けを選んだが故に、10年も経たずに、取り壊しの憂き目にあってます。このお城は再建されたものです。
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そもそも、姫路城や熊本城、松本城などの由緒と威厳の伴っているお城を未だ見たことのない私にとって、この姿は日本人の美学を私に伝えてくれるものでした。ここには、先程の錦帯橋の近くから、このロープウェイにのって上って行けるのでした。
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お城に上ってみました。これはそこから見える岩国城下町です。錦帯橋から向こうは町人の町、手前が藩主を中心とした武士の町だったのです。
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このショットの方がわかりやすいかしら、
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小僧の旅はまだ終わりません 岩国へ

今年のGWは広島方面1泊2日の旅だったのです。翌日には電車で、山口県の岩国を訪れました。
毛利元就の子供の一人で、本家である毛利家を支えたのが、両川と言われる、小早川隆景と吉川広家。
その吉川氏が作り上げた城下町、岩国。これは宮島に負けないような美しい土地でした。
その代表の場所、錦帯橋。
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江戸時代の初めにこれほどまでに大きな橋が、それも木造で作られていたなんて、ショックなくらいです。
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どう考えても、芸術品としての造形に驚かされます。石組みもすごい、、、
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このショットは、ちょんまげ姿の武士や和服姿の女性が、今にも表れそうなんです。浮世絵の日本橋みたい。
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槍倒し松(やりこかしまつ)は6万石の小国であった岩国藩の藩士が、すざまじいまでのプライドであった伝説を
伝えてくれます。見事でしょう、この姿。
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エピソードが書かれてました。
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