下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

品川宿界隈 江戸、明治、大正の残照

これは、何だかわかりますか?公園?そうです。でもこここが品川宿の本陣跡地なのです。
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江戸最大の街道、東海道は明治以降も街の賑わいは続いたけども、鉄道が通り、品川駅が現在の北品川から移転した際に、発展から取り残されて、遊郭や赤線も大きく拡大することなく、赤線防止法施行の昭和33年以降、さびれていったんではないかな。
北馬場(ばんば)参道通り商店街は、その中では比較的、新しい街づくりに成功したのか、私にはあか抜けた商店街に映った。今日は偶然お祭りだったらしく、らしい姿の人が目立っていた。
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「土蔵相模跡地」どこにでもある商業ビルの前に立札が立っていた。ここには土蔵のような壁で出来た宿屋があり、幕末、長州の高杉晋作や久坂玄瑞がイギリスの大使館焼き討ちの謀をおこなっていた場所。この辺りには、昭和初めごろには遊郭が数多くあったらしい。
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今はその気配を感じるような、こんな建物だけが残っていた。
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奥の方からの姿、洲崎橋跡地にあった居酒屋の姿に似てないだろうか?
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派手な色のタイルは、勝手にどの時代にか大きな脚光を浴びた建物であったことを偲ばせる。
どの時代かこの街は「黒門横丁」と呼ばれていたらしい。
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そもそも江戸時代は旧東海道からすぐ海が見えていた。それが、今も屋形船の船着き場として、姿を残している。
みんな一生懸命生き残っているのだね。私も乗りたい。
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品川宿界隈 古い建物がぽつりぽつり

さあ、青物横丁を起点に、北品川方面に街歩き開始、東海道をtako氏と二人ぶらり旅だ。
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ところどころに見つかる、古い建物、これは蔵?つる植物に覆われ、恐ろしげでもある。
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畳屋さん「松岡」は大正4年の建築物、今も現役。
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店内は土間、そして畳づくりの道具が見えていた。何代目かの親父さんが昔ながらの畳づくりに励む姿が、目に浮かんできた。
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履物屋さん。
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金物屋さんは、2階部分を見ると煉瓦造りなのかなあ、って。当時のお金持ちのお家だったんだろうねえ。
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品川宿界隈 品川寺スケール大きいお寺でした

まずは、最初に見つけた品川寺、いきなり巨大な地蔵菩薩様が登場。品川にこんな大きい大仏のようなお地蔵さんがあるなんで、ビックリ。
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正面から
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(ちなみにお寺や神社はこの品川宿に並行するように数多く見かけられました)西暦800年頃の創建という歴史あるこのお寺は、樹齢600年を誇る銀杏の木、
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戦時中の軍馬などを供養した銅像、
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徳川4代将軍家綱の寄進を受け、19世紀のパリ万博などに出展され、一時は行方知れずになっていた大梵鐘など
歴史やドラマのある文化財が数多く見られ、すごいお寺のはずだが、不思議とお寺の人達がそいううことにあまりPRしたくななそうという、欲のないお寺でした。
まだ、品川宿は続く。
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梵鐘に刻印されていた文字は将軍母上様や御台様の名前が見えた。まさに将軍家ゆかり。

品川宿界隈 東海道を歩いてみた

江戸の五街道は東海道日光街道、奥州街道、甲州街道、そして中山道。日本橋を起点に、それぞれの街道に分かれていくわけですが、板橋宿はこのブログで紹介済みの歴史ある街並みと美味しい食べ物屋さんがある魅力的な街でした。まだ紹介してませんが、千住もしかり。では、一番古い東海道最初の宿、品川宿とは???と期待に胸膨らませ、京浜急行の青物横丁駅を下り立ったのでした。
まずはいつもの現地ラーメン屋さん。駅から一分のところにある、「まこと家」そう、家系ラーメンです。
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まずは大盛800円をオーダー。しょうゆトンコツのスープに酒井製麺の中太麺、のり・チャーシュー・ネギの具、スタンダードな家系の姿には、久々に家系を食べる自分にとっては嬉しい限りでした。スープも家系のノーマルな複雑色?結果、美味しかったけど、自分にはしょっぱすぎて、スープを楽しむのは諦めました。
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旧東海道は、すぐ脇に第一京浜国道1号線が走っていることもあり、一方通行の細い道でした。
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いきなり古い建物発見、明治45年建築に「竹内病院」。窓はもちろん木枠で、
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入り口上部にはステンドグラスが見えています。当時のハイカラな建物だったんでしょうね。
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この通りには、古いタバコ屋さんも残っていて、やはりステンドグラスで建物が飾られています。文字の流れが今の逆なので、戦前の建物なのが見て取れます。洒落たタバコ屋さんですね。
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