下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

横須賀逸見 軍都残照④

逸見には、もう一つ特徴が、特別な場所があります。
それは逸見の街から坂を上がって、上がり切った場所、

この日は日差しも強く30度を優に超す気温
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上ることを決意したkozoh55
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熱中症にならないように、先ほどの商店街で買っておいた
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ごま団子を頂きました。ええ、ごまが光ってましたとも
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熱中症になったら困るから、甘いものをね
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食べ続けたんです

そして山の頂はもうすぐ
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現れたるは『按針塚』
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そうです、三浦按針こと『ウィリアム・アダムス』の供養塔
関ヶ原の戦いの半年ほど前に日本に漂着したイギリス人『アダムス』は
五大老の一人、徳川家康に引見し、家康に認められ、船に積み込んであった大砲・火縄銃を
関ヶ原の合戦の際に提供して、少なからず東軍勝利に貢献したという

逸見はウィリアム・アダムスの所領
徳川家康からご褒美として与えられた土地

だからでしょうか、按針塚近くの海が見える公園に行くと
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海が広がっている姿、パノラマが目に飛び込んできて
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軍都らしい『軍艦』のようなものも見えてきて
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ああ、これ、猿島だよと気が付いて
陸地からあんなに近いんだ~と何か納得したりして
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気持ちよく家路に向かうことが出来たんです

横須賀逸見 軍都残照③

商店街に戻ると、お茶屋さんが目に入り
お店から出てきたご主人が、私を見るなり『ちょっと、(お茶を)飲んでくか?』と、、
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『いいんですか?』と言いつつ、図々しくお店に上がり込んだ。
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冷たいお茶を頂く、この日も暑かったから、生き返る美味しさ
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『白鳥園』のご主人は、この後、横須賀、そして逸見の町の歴史・物語を
たくさんたくさんしてくださいました。
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ご主人のご両親、そしてお茶どころから販売の手伝いに来てくださった
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お茶ガールたちの踊る姿
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この方、なんと美しいお顔、戦後間もない頃の記憶

『今はこの商店街も元気が無くなっちゃったけど、戦前・戦後と街は沢山の人出だったよ』
『それは、やっぱり軍隊が居て、軍人さんとその関係の方がたくさん買ってくれたんだよ』
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『今のどぶ板通りの汐入側の一角に、戦前は日本軍、戦後は米軍兵を相手にする色町があって、
そこで働いていた女性たちがこの逸見に住んでいた、下宿していたんだな』

『あの戦前からの写真館の周りにはその女性達が住んでいた宿ばかりだったよ』
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『戦前の地図が残っていてね』
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『今は1軒もなくなったけど、当時は銭湯が5軒もあってね、
その一番湯に入っていたのがその女性達』

『このお店の場所から、その先に見える通りまで、戦前は川だったんだね』
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『商店街の向こうにある細い道が「浦賀道」でそこからこの商店街側の多くは
実は海だったんだ。埋め立てたんだよ、海と川を埋め立てて、人が住んで街が大きくなっていった』

そんな、そんな歴史があったなんて、考えられない、女性たちが住む場所、、、
横須賀は戦前の日本軍、戦後の進駐軍からいろいろなものを得ながら
生き残っていた、そんな『軍都』だったんです。

横須賀逸見 軍都残照②

商店街の通りの裏手に出て、細い路地に出逢う
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美味しそうな定食屋さん、食堂、
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なんだか見たことのない、凝った意匠の建物
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後で紹介するお茶屋『白鳥園』のご主人の話だと
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戦前からの写真館だったそうだ
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『この建物が古いのよ』道ゆく老婆がいきなり私に話しかけてきて
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この建物が街を代表する古い建物であることを
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教えてくださった。自分は幸せ者だ。
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この細い通りは、実は『浦賀道』という江戸時代から続く
大切な道だったという

美しい風情を見せてくれる建物が
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次から次へと現れる『浦賀道』

浦賀道から逸れた路地には、
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まるで色街であったかのような姿をした
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『逸見(へみ)』恐るべし
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横須賀逸見 軍都残照①

仕事関係で横須賀出身の方がいて、「横須賀おススメの場所あります?」と伺ったところ、
『逸見(へみ)』の商店街、昔ながらの感じが残ってますよ~と、

早速京浜急行線『逸見』駅へ
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この辺りからは、横須賀市内に歩いて行ける
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横須賀市の駅の多くは、駅の上りも下りもトンネルがあり、
山の間に作られていることが多い
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駅は地味そのもの
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駅に隣接したアーケード『逸見中央商店街』
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いきなり素敵な建物に遭遇
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これは、まごうこのなき戦前の銅板看板建築
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この商店街、戦前戦後を通して横須賀の軍関係者にとって
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とても便利な商店街だったのでしょう
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窓枠がスクラッチタイルなんて、粋で贅を感じます

『ふじみや』さんも平仮名の文字が可愛い看板建築
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上部の作りがまるで看板建築のお手本のようです
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モルタル細工がこれほど美しく残されているのは、珍しいです
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