下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

横浜山手 異人達の記憶④

港の見える丘公園近くに、静かに佇む『山手111番館』
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中に入るといきなり現れる吹き抜け空間は、まるで金谷ホテル本館のようで
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個人宅とは思えないスケール
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それでいて、建物全体は落ち着いた、大人の建物、そんな印象で
『どこに住んでみたい?』と聞かれたら、ここが一番と答えますね。
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入口のこのアーチも素敵でした~

そして

エリスマン邸では
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こんな可愛い容器から出てくる卵の黄身を乗せた
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プリンを頂いたりして~
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昭和2年建築の『えの木てい』(チェリーサンドが有名なケーキ屋さん)では
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こんな素敵な店内を眺めながら
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美味しくクランベリーかき氷を頂いたりして
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楽しみすぎております
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横浜山手、沢山の歴史的洋館の存在が有名ですが、
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猫たちの表情もなかなかでしたね
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元気でしたし
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ほんと
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いろんなのがいるなあ
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横浜山手 異人達の記憶③

明治時代に本に上陸した『水道業』
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コイが泳いでたりして、それがこの施設が役割を終えたと思われることに
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繋がっていく
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近代的なインフラ、日本ではこの横浜の地から始まった

『外人墓地』
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この日、この場所に着いたのが5時近く
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もう、入ることが出来なかった
あの、生麦事件の異人さんの被害者も、ここに眠る
今度はじっくりと見てみたい

『山手234番館』
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昭和2年、外国人を対象として建てられた『アパートメント』
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柱が、とても安心感があって印象的でした
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『山手資料館』(山手十番館)明治42年建築
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現在は飲食のレストランとして純粋な民間企業が運営する
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日本最初の水道遺構は
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ここだったかしら、神戸だったかしら
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ライオンの注ぎ口には、当時の思い入れが感じられます

横浜山手 異人達の記憶②

JR石川町駅を降りると
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どちらかというと、、地味目な商店街が姿を現し
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その先には、『セザンヌ小路』という、これまた渋めの通りへ
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突き当たった太い道沿いにはザ『質屋』さん
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少し涼しげに見える『山手隧道』を通り
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トンネルを抜けて、右側の丘、住宅街の中を彷徨っていると、入口が見えてくる
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『外交官の家』
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日本人外交官『内田定槌邸』
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東京南平台にあった建物を横浜市が移築・修復
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外国人建築家『M.ガーディナー』氏が設計
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庭も含め、全てが異空間
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お隣には『ブラフ18番館』
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関東大震災後にオーストラリアの貿易商バウデン氏の住宅として建てられ
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戦後はカトリック山手教会の司祭館として使われていました
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どこか女性的な姿を感じます
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当時の横浜周辺地図、埋め立てて現在の姿になった事が伺えました
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ふふ、山手の異人館たちは、美しいだけでなく
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楽しくコーディネート、リカちゃん達と食器。

横浜山手 異人達の記憶①

エリスマン邸の内部を一通り見終えて、
このお屋敷の庭、公園になっている場所を眺めると
それはありました。

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『山手80番館遺構』

関東大震災(大正2年)までは、『マクガワン邸』
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あまりにも生々しく残され、これは下水か
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地下部分の基礎?全体像がそこには残され
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当時の床がそこに生々しく現れている姿
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複製とはいえ、こうして美しく再現されたタイルたち
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そして、この遺構を包み込む公園の姿全てが
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横浜という『時』を刻んでくれていました
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横浜山手、始まりです