下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

伊勢崎 時のかけら

長い記事になりましたが、この「相川考古館」だけは
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皆さんに知ってほしくて

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創始者の「相川之賀」は伊勢崎町の金物商「相川次郎平」の長男として
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若き頃は単身渡米、帰国後は考古資料の収集を行い
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脇本陣であった自宅に「相川郷土館」を創設
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茶室「觴華庵」は、現存する江戸時代の茶室。
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床を平たくして床柱を取ってしまう斬新さ
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個人で所有するものとは思えません
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更に、収蔵庫には苦にして文化財の埴輪4体を
直にこの目で見ることが出来るのです、
(弾琴男子像、武装男子像、盛装男子像、広帯男子像)

これは写真に撮れなかったことが残念で残念で
武装男子像は、教科書そのままの姿がそこに陳列されていたのです。
驚くほど保存状態が良い、その姿が


伊勢崎、いやあ、良かったです
また、行きたい
気に入っていただけた方、ぜひご訪問なさってください

kozoh55

PS 来週から桐生、伊勢崎と来て、最後の足利が舞台となります

伊勢崎 色街残照

伊勢崎の方に訪ねたのです、「色街があった場所どこでしたか」と

この「伊勢崎神社の裏手、緑町にあったらしいのだけど、もう何も残ってないわよ」
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その伊勢崎神社に到着
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この街の守り神は静かにそこに佇んでいました
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丁寧な姿の紳士服注文店が、そこにあること
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50年は営業しているのではないか

緑町に残されていた姿を淡々と描いてみます
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青い扉と窓が印象的でした
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えてして街灯というのは、寂しいものです
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現役の喫茶店
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凄まじき建物がそこに残され
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名前が不思議なお店もありました
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これはやはり「色街残照」なんだろうと
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私には映りました
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伊勢崎 絹の道 終着駅④

「黒羽根内科医院旧館」は伊勢崎藩藩医今村氏が明治45年(1912年)建築
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古びた感じがしないのは相当な費用をかけて修復しているに違いない
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室内には伊勢崎の絹製品の呼名「銘仙」が
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ずらり展示されていた
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通路の先の階段を彩っている「吊り雛」持って帰りたい
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2階は、和でもあり
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洋でもある
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ちょっと一休み、一番人気の「大甘堂(だいかんどう)」さん、明治12年創業。
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榛名神社訪問以来の焼き団子は
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いやあ、この焼き立てが美味しくて、
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甘じょっぱさがたまらんのですよ

和菓子の「親玉本店」さん
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色艶良すぎて
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あんこずっしりよ
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コインカウンター、今も現役
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うん?これはなんだ、、、これは群馬の名物「かかあ殿下」を
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群馬県発展の支えたお宝として、祀って?ありました

そうかあ、群馬名産品だったこと、改めて納得、
けれど、かかあ殿下は今や日本中の名産品?になりましたよね

伊勢崎 絹の道 終着駅③

伊勢原は、伊勢神宮を分祀したことから地名となり、
伊勢崎は、伊勢神宮に土地を寄進したことから、この名が付いた、らしい

「旧時報鐘楼」大正4年建築、
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煉瓦のこういった高い建物を見るのはいつ以来だろうか
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美しい

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当時、横浜で貿易商を営んでいた、伊勢崎出身の「小林桂助」によって作られたこの建物は、
お寺から移設した釣鐘によって庶民に時を知らせ続けた。
煉瓦の外壁ではあるが、実際には伊勢崎最古のコンクリート造だという、
そうは見えないのが、不思議でもあります

伊勢崎 絹の道 終着駅②

古い建物、街並みが残っていると
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「太陽神戸銀行」などという言葉に歴史を感じ
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かと思うと、お隣には西洋のお城みたいなものが
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結婚式場のようだ

煉瓦の壁だけが残されている
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明治大正まで遡るのかもしれない
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ここが煉瓦の母屋?だろうか
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戦前の建物だろう
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伊勢崎は戦時中、空襲を受け市内のかなりの部分が焼かれてしまったが
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ここは残されたのだろう

この外壁の意匠は、先日の江ノ島でも、日比谷公会堂でも見た、
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流行の先端だったか

タイルも可愛い
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