下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

絹の道探訪記 厚木 岸邸③

眩しかった建物、それが「岸家住宅」。特に2階は、言葉にならない
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この辺りは昭和初期に造られたのでしょう、だからこそ、
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ここまで凝ることが出来たんでしょう
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この赤い窓からの外の風景は
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まるで、ガラスの模様のようです
「ガラスの和宮殿」勝手にネーミングしてしまします。

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古いということだけがわかっています
天井も
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そして書斎、
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こんなかわいい姿の窓は、前田侯爵邸にもなかったし、岩崎邸にもあるはずがなく

外からの姿も、いと美し、いとおかし、
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絹の道探訪記 厚木 岸邸②

東京の周りに広がる地方都市、秩父、八王子、町田、桐生、伊勢崎、
絹の町、絹の道として、横浜に生糸を届けてヨーロッパに送られた。
同時に豪農・豪商が誕生して、奇跡とも思えるような建物を
競うように建てたのです

トイレの手洗い
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これが天井
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照明もちょっと違うよ
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重厚な姿、脇には
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可愛いのね~
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火鉢も装飾が違う
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何度も何度も漆で固められたテーブル
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見たことがない装飾美
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絹の道探訪記 厚木 岸邸①

日本には今の東京周辺の街並みとは別に、日本が誇る高品質の生糸を
輸出するための、横浜港に続く道があって、それを今になって「絹の道」と呼ぶらしい

100年前の日本の輸出業を支えた商人の家がそこにある、
「厚木 岸家住宅」 それは小田急線の本厚木駅から、バスで25分の所にありました。
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まるで世田谷の代官所跡のような門構え、一商人が建てた、、、
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庭の先に見えてくる建物
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明治24年に創られた建物に
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こんなにも美しい玄関、土間があっていいのだろうか
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家にどう光を取り入れるか、そのことをこちらの主人はずっと考えたていたのだろう
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そうじゃないとこんなに美しくはなれない

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この建物の歴史が始まる