下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

横須賀 迷宮STORY うつろい

横浜が日本史に登場するのは幕末、
横須賀は中世、三浦氏の時代からなので、
古さでは横須賀に軍配が上がる

横須賀駅から数分の所にある和菓子屋
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『松月』さん、美味しかった~
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この根付は非売品、残念。

扉の向こうは、どんな風?想像もつかない
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昭和な喫茶店も
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現役で頑張っている
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日本の産業に一躍買ってる街としての横須賀
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浦賀には、今も明治期に作られたドッグが姿をとどめている
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田浦
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山と森の合間に作られら街
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ひたすら穏やかな風景
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これも横須賀STORY

そして、私が現在勤めている職場(川崎駅前)の同僚に、横須賀出身は多い
『按針塚』『汐見』『衣笠』
今度横須賀出身の同僚達に、自身の『横須賀ストーリー』を聞かせてもらおうと思ってます

またいつかこの街は記事にし続けます
kozoh55

横須賀 迷宮STORY 軍都

猿島に江戸の防衛のために台場が作られたのが1847年
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明治以降、東京湾要塞となっていった
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砲台跡は今も生々しい姿を残している
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だからこそ、日本海海戦で大勝利を収めた海軍の旗艦『三笠』も
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横須賀港に『残された唯一の軍艦』として展示されている

料亭『小松』
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戦前は大日本帝国海軍
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戦後はアメリカ軍、そして自衛隊を顧客として
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この姿を残し得たのも軍都ゆえ


太平洋戦争末期、軍港でありながら本土空襲を一切受けなかった横須賀
衣笠も
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逸見も
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田浦も
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汐入も
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戦前からの街並みを残しながら進化していった

それは、戦争終結後にアメリカ軍がそのまま使用する事を決めていたから、残されたという
どこか『迷宮』を背負っている街なんだろう

横須賀 迷宮STORY 皆ケ作

普通の住宅街、更に奥に入っていくと、見えてきたもの
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今にも役割を終えようとしている『看板建築』
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戦前?戦後?とにかく建てた当時の気品が伝わってくる

その先にも何か
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伝統的な姿がお目見え
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ここは、何屋さんだったのだろう
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以前、商店街の路地で見かけた窓の意匠が
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ここにそのまま残されている

こここそが『皆ケ作』
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不可思議な建物は、ここにもある
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何の、何のお店だったのか?囲われた入口は質屋のようにも思える
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この地の建物の中でも、小高く聳えている姿
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脇には玄関があり
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大きくて由緒ある風な建物が
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何の施設だったかは、私には知ることが出来なくて
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『病院だろうか?』『海軍の病院?』
などと呟いてみても、誰も教えてくれるわけがない

横須賀 迷宮STORY 田浦再び

逸見のお茶屋さん『白鳥園』のご主人が教えてくださった事、
『田浦には駅周辺にも色街があったみたいだけど、商店街から坂を上がった方
「皆ケ作」にもあったんだよ、でも当時の建物は全て無くなったね』

ごく普通の駅『京浜急行田浦』
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ああ、商店の看板にチュンチュンといるわあ
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楽しい街だ
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前回も訪れた『仲通り商店街』
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この街灯がめちゃくちゃ昭和な感じ
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この辺りが『色街残照』だった、残っている
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【過去写真】けれど、この建物を
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【過去写真】見つけることが出来なかった
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『見届けられた幸せ』になってしまったか

けれど、商店街から見える高台の方に向かい始めると
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これまた、昭和であり、料亭であり、色街残照と思える建物が
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目の前に現れる
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横須賀 迷宮STORY 安浦再び

京浜急行線横須賀中央駅より浦賀よりの「安浦」
以前、色街残照の地として紹介

今回、再び訪問
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以前、ここには商店街のアーケードがあったのだ
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商店街はいまやまぼろしか、
そこに残されたもの
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銭湯が現役なのが嬉しくて
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どこまでも古めかしい姿、単独で電柱は佇んでいた
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色街残照
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遠い過去の、また過去のお話し

いかがだったでしょうか「横須賀迷宮ストーリー」
この街は今の今まで、ずっと軍港だったのです
兵隊さんがいれば飲み屋が増える、
兵隊さんがいれば色街が繁盛する、
横須賀はそんな街でした
猿島に行けば、本格的、本物の軍事遺構に出会うことができます
これもまた兵隊さんのお話でもあります

🎵兵隊さんは可哀そうだね~いついつ寝るのかな

ご訪問くださった皆様、ありがとうございます
またぜひ遊びにいらしてください

kozoh55