下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

水戸 時計が止まって (参)

谷中花街は水戸市内からずっと離れて、
当時練兵所があった場所近くにあったそうだが、
もう水戸の人も知らないのだろう

この建物のそばにあったタクシー会社の運転手さんに
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「この先の方に、谷中っていう地名で花街があったのご存知ですか」とkozoh55
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「いやあ、谷中という地名はあるよ、わかるよ。でも花街は知らないなあ」

真夏の水戸で滞在時間5時間、今日最後の探索

谷中の街の入口側で見かけた建物
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ほんと美しいものだった
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今の姿は門前町
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その脇に見ると、違った風景に出会う
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たぶん、残されていた姿なんだろうと
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私には思えたのです
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ここもいつかは
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「見届けられた幸せ」に
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なるのだろうか
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最後の1枚は大工町での発見
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何があったのか?木の電柱?
そうじゃない物語も知ってみたいものです

水戸はひと区切りです。
ご訪問下さった皆様、感謝申し上げます
またぜひ遊びにいらしてくださいね
kozoh55

水戸 時計が止まって (弐)

大工町花街は水戸街道沿いを15分ほど歩くと、京成百貨店などの水戸中心街の裏手に
その姿を今も残していた
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現役なのだろうか、わからない
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どこにでもある
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古い街並みにも思える
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ここは、料亭?跡?だろうか
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この門の向こうには
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何が、誰の建物があったのか
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大工町のこの裏通りの先には、あの「偕楽園」があり
そちらの方に歩いていたら、こんな後ろ姿に出会う
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表の姿はどんなのだろう
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現役のピンク街であるこの町で、突然走り出しながら、
辿り着いた場所、
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ネットなどで有名な廃墟「クイーンシャトー」は取り壊されず、今も残されていたのだ。
あの後ろ姿が同じ建物か、わからない、、、

続く

水戸 時計が止まって (壱)

「給水所配水塔」はもちろん水戸の顔、
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そして「弘道館」も水戸の顔、
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弘道館を作った烈公こと水戸藩9代藩主「徳川斉昭」も
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水戸の顔

けれどもこの街には過去、三か所の「花街」があったという
それもまたこの街の顔なんだと思ってしまう

駅からすぐの「水戸東照宮」の近くで偶然発見した「宮下銀座商店街」
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お盆が近かったからだろうか、
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シャッターが目立っていた
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現在の地名が「宮町」、以前ここは「奈良屋町」という地名で
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花街が存在していたと言われている

おかげさまで、その「残照」すら出会うことはなかった。
しいて言えば、その商店街の後ろ姿は、
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忘れられない光景であって
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たったそれだけの出会いでも、

幸せに思えたkozoh55

続く