下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

ならまち 忘れられない彩の街

実は、時間が限られていて、ただ路地を歩いていた
そんな感じの「ならまちたび」でした。
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こんな格子がさりげなく
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これは小さな小さな「うだつ」なんでしょうか、意匠に魅かれて
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ここにしかないお店がある
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幾度も幾度も出会う「鍾馗様」その家の守り神
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この街の彩りは、建物から始まって
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そのちっぽけな細部まで丁寧だ
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これはたぶん日本の建築様式ではない
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ここからはただの記憶のフラッシュバック
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ここなのかなあ
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この街は
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いかがだったでしょう、「ならまち」は、
本来、奈良市内の狭い路地の一部が「ならまち」なんだと思いますが
kozoh55はこの街全てを「ならまち」にしてしましました。
勝手な解釈ですけど私のブログの中の事です
お許しください。
行く場所を絞ろうと思ったのに、
こうして記事を見てみると、まだ「行き過ぎ」かなと、、、
どっぷり浸かるにはもう二日くらい必要でしょう。
まあ、次の楽しみが増えました。
ご訪問下さった皆様、感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。

kozoh55

ならまち 法隆寺の時間(とき)

ならまち二日目、JR奈良駅から10分ほどで、
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更に、駅からバスで20分、
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本堂はいつ見えてくるのか
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「中門」が現れた
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何物にも遮られることなく、金剛力士像(奈良時代)を見れるのは、
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初体験かも知れない
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「法隆寺」7世紀初頭に聖徳太子と推古天皇が創建した。
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五重塔は日本最古
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この塔は「塔本四面具」なるものに支えられてきた
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いろんなのがいるなあ
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この子が一番可愛い?
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金堂(左)と五重塔
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「柿食えば鐘が鳴るなり法隆寺」
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明治の文豪「正岡子規」がこの地で詠んだ

そうなんです
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この記事を自分で読んでいて感じたこと
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時間(とき)が止まっている、ということ

建物だけでなく、全てがそう設計されてましたよ
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その主人公「夢殿」
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次回、「ならまち」が最終回です

ならまち 発掘!?奈良ホテル

日露戦争に戦勝した日本には、外国人客が急増。
それを受けた政府は、全国の主要ホテル・旅館経営者に
外国人宿泊設備の必要性を説き、同時に必要な保護特典を与えると発表。
奈良ホテルはそのことを受け、
「関西の迎賓館」として都ホテル創業者の「西村 仁兵衛」と奈良市、
そして現在のJRによって創明治42年(1909年)業されました。

その奈良ホテルは今、発掘ラッシュとなってます。何を発掘?って
だれが?いつ?
平成25年のリニューアル工事の際に、倉庫から出て来たんです、お宝が。
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大きな3本のスプーンに刻印された「NHL」は明治時代屈指のホテル
明治31年あのジョサイア・コンドル設計の「長﨑ホテル」のもの、
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奈良ホテルが開業した明治42年に長﨑ホテルは閉鎖され、
奈良ホテルに引き継がれていたんですね~

もう一つは、この窓ガラス、
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さりげなく、ホテルのバーの入り口わきに使用されてますが、
これも、リニューアルの際の倉庫整理発掘されたんですよ。

昨日紹介した金庫の前にいらした若いスタッフが、
「自分も一緒に倉庫整理していたんです、発見者の一人です」
と嬉しそうに、誇らしげにお話してくれました。
いやーほんと嬉しかったでしょう。

そんな奈良ホテルにkozoh夫婦はちゃっかり宿泊しちゃいました~
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創業時の姿がほぼそのままの「本館」ではなくて(↑↓は本館)
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新館でしたけど、、、

この可愛い欄干には由来があります
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金属ではなく陶製なのは、太平洋戦争の時、
金属の欄干を軍に拠出したからなんですね。

地元の有名な方による作品としてのこの欄干は、
今、奈良ホテル名物になってます。
確かに可愛いなあ

ならまち 奈良ホテルでのひととき

「ならまち」や興福寺のすぐ近くにあります。
「奈良に行きたいな」と思った理由の一つがこの地、
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「関西の迎賓館」とも言われる
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明治42年創業、「奈良ホテル」
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四万温泉の「積善館」で歴史旅館に出会い、

箱根では日本で2番目に古い富士屋ホテルで

明治から続く建物に泊まることが出来て、

日光では日本一古い「金谷ホテル」に出会い、

「関西の名門はここ」と言われ、
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今日は泊めていただけることになったのです。
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内部の造りがまた凄い、フロント
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「ミルナー社製金庫」
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日本にここ以外残されているのか?現役ですから

入口の吹き抜けは日光にもありましたね
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階段の美しさが、どこか建物の価値を決定付けます
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さらっと「上村松園」さんの絵画もちろん原画。私この方の絵が好きで
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応接の間
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暖炉が美しく保存され
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アインシュタインが宿泊された際に弾いた「ピアノ」
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ちゃんと紹介しきれない、見どころありすぎて

ならまち 奈良町の風情

奈良といえば、これでしょう
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「子供の砂利遊び」 ブーかな

これこれ
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「鹿さん対抗紙盗り物語」
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「ピンポーン」かな

興福寺を離れ、再びならまちを目指す
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ああ、こんな
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町家風景がならまちなんだろうと
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「風情がある街並みですねえ」と
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先の先まで続く風景に
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まれにちょっと違った風も、見え隠れて楽しい
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「どちらかというと、下町でしょう」って

町の雰囲気に酔ってしまったkozoh夫婦は、
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気が付くとこんな看板が出てないようなお店に入り
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初めて味わう料理と、地元の日本酒に酔いしれて
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時間を少し忘れてしまいました
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「ならまち」を私に教えて下さったのも、
私のブログのお友達です