下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

東京煉瓦高架橋 新橋のすがた

神田今川小路、有楽町と来れば、新橋に行きますね。
大正時代、旧新橋駅が「汐留駅」となり、旧烏森駅が現在の「新橋駅」へ。
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アーチが煉瓦ではなく鉄筋コンクリートになり、耐震補強されているのに
工事が続くのは、
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東日本大震災の大きさに驚いたからか、
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それとも首都圏直下型地震がいつ起きてもおかしくないからか

この石の柱の上の碑文は、誰かが殉職したことを記している
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内部はというと、コンクリートが続く
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この高架橋の存在を私は知らない。

どこまでも寂しげな地下通路が、有楽町から新橋まで続くのだ
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突然出会うことになる壁画は、
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誰がどういう意味で描いたのであるか、
これまた私はまだ知らない
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ただ、イタリア料理と関係があるのかなって、それだけ、、、、

東京煉瓦高架橋は、一旦終えますが、またいつか再開いたします。

東京煉瓦高架橋 有楽町

東京駅をスルーパス
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大正3年、東京新橋間の煉瓦高架橋が完成。
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石の柱、これがあってこの高架は今も現役でいられるのか
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ここにも横丁
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もう誘われているのです
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「谷ラーメン」さんは素朴な味わい
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中華食堂系に入ると「ラーメンチャーハン」それぞれ単品で食べる
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飽きないから、また来てしまう、そんな風でしょうか

看板に魅かれて、魅かれて
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東京煉瓦高架橋 今川小路

大正14年、万世橋駅、東京駅間の「煉瓦高架橋」完成。
その今の姿。
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モルタルの仕上げが剥げて、石が露わになって
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それはそれで凄まじくもある
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「今川小路」初めて聞く名でした
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この「小路」初めてちゃんと眺めました。
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猫がもういません。数分前までは食べていたのでしょう
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ほとんど現役のお店でしょう
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惚れ惚れしてしまうじゃないですか
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外が、眩しい
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