下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

日比谷公園 宝探し・宝尽くし⑤

カフェを出た私は、微かな期待を持って
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入口の階段を上がる
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ここなんだ
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小さな小さな窓でお出迎え
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ここが本当の入口
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見たいなあ、奥をと思っていたら、偶然開いた扉の先の風景は
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偶然開いた扉の先には
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それはそれは美しい昭和初期ならではの風景が現れました

日比谷公会堂と一体の「市政会館」は
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本当はこちらこそ主役だったのです
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お疲れ様、元祖日本のコンサートホール

いかがだったでしょうか、日比谷公園
結局、ブログのお友達にとっても、
懐かしい青春の場所だったりします
銀座を有楽町をぶらりした後の、都会への飽きを
この公園が癒してくれたのかもしれませんね

ご訪問下さり感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。
kozoh55

日比谷公園 宝探し・宝尽くし④

どうして私はこの日、この場所、カフェに来ることが出来たのか、

「蓄音器、聴いてみませんか?」と店長さん
「いいんですか、ぜひ聞かせてください」と私
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まずは回さなくちゃね
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「蓄音器の針は毎回取り替えるんです」
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この針たちの事
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信じられない様な大きな音が、奏でられ始める
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このカフェの空間を埋め尽くしてくれた
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確か最初はクラッシックだった。音源は50年位前かもしれない
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積み重ねられたレコード、そしてケース
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「レコードのケースが写真のアルバムのようだったので、
LPレコードの事をアルバムと呼ぶようになったそうですよ」
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自ら名乗ってくださった店長さん、山田さんは、
とことん丁寧で親切だった。

「今日はイベントが入っているので、公会堂の内部は見れないんです、
でも、夏の頃に、無料の公開日がありますから、ご案内しますよ」

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なんと優しい時間なのでしょう、
山田さん、ありがとう

日比谷公園、もう一話お付き合いくださいませ

日比谷公園 宝探し・宝尽くし③

宝探しから、いよいよ宝尽くしへ
「市政会館と日比谷公会堂」
昭和4年(1929年》東京市長であった後藤新平が「中立な市政」の為の
調査機関を置くべきと主張して、これに共鳴した安田財閥の
「安田善次郎」氏の莫大な寄付により、建設されたものである。
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当時は唯一のコンサートホールとして、
プロのオーケストラ演奏会やリサイタルが頻繁に行われた。
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今日はこの入口は閉ざされて、「では、どこから入る?」
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ここ、かな
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いきなり2カ所の重厚な扉
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この案内看板が、レトロです
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今は使われていないようです
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「アーカイブカフェ」重要な記録を保存し、未来に伝えてくこと
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公会堂の歴史を彩る様々な告知ポスター
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戦前のものも普通に展示されています。
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カフェは、思いのほか広く、真ん中には「蓄音器」が
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これはレトロ風どころじゃなく、「レトロ」そのもの
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喫茶店ですから、頂きました、珈琲と
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「かたぱん」なる昭和初期からのパン
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素朴な甘さにメロメロな私、お土産にも買っちゃいました
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そしてお店のウェイターさんが、私に丁寧に
「日比谷公会堂」の歴史を、スクラップブックをみながら
教えてくれたのです、ここもGHQに接収されているのです。

さあ、明日は「音楽の時間(とき)」

日比谷公園 宝探し・宝尽くし②

「自由の女神」
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売店がなんだか下町風で、好きですよ
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知る人ぞ知る、「松本楼」
1903年、当時は珍しかった洋風レストランは大繁盛していたが、
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関東大震災、戦後の「日比谷暴動事件」で2度焼失し
現在は3代目、中国の革命家「孫文」縁の地。

日比谷公園が本格的な公園となった明治36年から今も残る銀杏達
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この木の垂れている様は、鍾乳石のようでした
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東京でも最古クラスの銀杏並木

「鶴の噴水」は日本で3番目に古いもの
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明治38年、東京芸術学校(現在の東京芸術大学)の方の製作
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この地にはいろんものの元祖があります、それもひっそりと

この子達だけです、
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元祖でもなんでもなく
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偉そうにしている公園の主は
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なんか肥えているよねえ、君たち

明日への予告「日比谷公会堂」
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ここでまた新しい出会いが始まります

日比谷公園 宝探し・宝尽くし①

小雨が降っていたこともあり、日比谷公園は静かに私を
迎えてくれました。日本初の洋式公園、明治36年開園。
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出迎えてくれたのは、いきなりの「日比谷見附跡」
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江戸城外堀は、こういう形で「少し」残されているんですね。
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公園造成時に、外堀は「心字池」となりました。
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この松、凄いオーラが出てました。

オーラと言えば、この建物もただ者じゃありません。
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明治36年(1910年)建築、「旧日比谷公園事務所」。
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昭和に内部は改造したものの、躯体・外観は当時そのまま
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ということは、当時から美しいドイツ建築だったんですね
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なぜこの地が公園になったか、それは、
日比谷の入江、江戸時代の埋め立て地でしたから、
当時この地に建築を検討していた各種の庁舎建築に
地盤が耐えられないという事だったそうです。

結果、こんなにも見ていて楽しい
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草木を愛でることが出来る
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「お宝」公園となったのですね。
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「ルーパーロマーナ」はイタリアから東京市(当時)へのプレゼント
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いろんな姿がいっぱい、いっぱい
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まだまだ続きます