下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

稲毛海岸 検見川町の今2

2年ほど前に、職場の同僚で稲毛に住む方にこの地の存在を教わりました。
神谷邸100 (55)_R
普通の住宅街から置き去りにされた、原っぱ風な場所で見たもの。
神谷邸100 (13)_R
神谷邸100 (15)_R
神谷邸100 (20)_R
「検見川送信所」は日本で初めて短波放送を行った場所

大きな建物ではないのですが、とてつもないインパクト
神谷邸100 (37)_R
神谷邸100 (32)_R

この地は現在千葉市所有。
神谷邸100 (42)_R
神谷邸100 (24)_R
神谷邸100 (52)_R

今回2度目の紹介でも、飽きることがない、そんな風景
いつか中を見てみたいのは、私だけじゃないです、たぶん。

大正15年建築、「検見川送信所」 また訪ねたい

稲毛海岸 検見川町の今

今でこそこの「神谷邸」がある場所は「稲毛」という地名ですが、
元は「検見川町」でした。

なので同じ日に立ち寄った、「新検見川駅」周辺を少し紹介します。
駅から5分ほどの住宅街にポツリとあるお店。
神谷邸100 (3)_R
「蓬莱軒」さん

新潟ラーメンのお店。
神谷邸100 (4)_R

では、新潟ラーメンはどんな風なのでしょう。
神谷邸100 (6)_R
さっぱりしていて、飽きのこない味わい
神谷邸100 (7)_R
このあっさり感に魅かれて、地元のお客様が
ひっきりなしに食べに来ていました。
神谷邸100 (11)_R
ペロッと頂きました。

もう年齢が70にも掛ったろう奥様は、
今日も一生懸命作ってました。

稲毛海岸 旧神谷伝兵衛稲毛別荘2

明治13年、神谷伝兵衛は東京浅草に酒の一杯売り「みかはや銘酒店」を開く。
輸入葡萄酒を利用した甘口の「蜂印葡萄酒」販売により、
ワイン王と呼ばれるようになる。

この方ですね
神谷邸100 (138)_R
さあ、2階に到着
神谷邸100 (124)_R
畳敷きの廊下、かしら?
神谷邸100 (147)_R
奥のこの曲線が、和洋が美しく調和してますね
神谷邸100 (151)_R
茶の間、応接?
神谷邸100 (180)_R
この右側は「巨大な床の間」そのものです。
神谷邸100 (156)_R
床柱はなんと葡萄の木。さすがワイン王のこだわり建築。

丁寧な丁寧な「障子」
神谷邸100 (161)_R
彫物も美しくて、美しくて
神谷邸100 (163)_R
癒されます
神谷邸100 (167)_R
先日の「柳下邸」以来、凝った天井には心を打たれますね。
神谷邸100 (170)_R
一つ一つ、当時の物がそのまま
神谷邸100 (197)_R
残してくださったことへの感謝、感謝
神谷邸100 (212)_R
神谷邸100 (123)_R
和の住まいの美しさが身に沁みます
神谷邸100 (193)_R

そして、神谷、神谷、何かを思い出します
浅草6 (3)_R
そうです、浅草の「みかはや銘酒店」はその後、
向島・浅草 お団子ツアー (264)_R
「神谷バー」と名を改め、現在の浅草の顔となってますね。
神谷伝兵衛の子孫が今も経営していると聞きます
きっと「電気ブラン」も考えたのでしょうね。

明日は稲毛海岸の旧地名「検見川町」に触れます。

稲毛海岸 旧神谷伝兵衛稲毛別荘

千葉県千葉市稲毛区、この地名を訪れるのは、
久しぶりです。
「稲毛海岸」そしてここを走る千葉街道、14号線。
神谷邸100 (58)_R
ご承知の方もいると思いますが、そう、ここは以前海岸線で
この右側は美しい海が広がっていたのですね。

だからこそ、このような姿で当時そのままで残されえていたり
神谷邸100 (63)_R
それも、ごくごく自然に
神谷邸100 (70)_R
神谷邸100 (74)_R
「旧神谷伝兵衛稲毛別荘」
神谷邸100 (78)_R
当時はまだ個人宅としては珍しい鉄筋コンクリート造なので
神谷邸100 (82)_R
柱がほんと美しい。
神谷邸100 (93)_R

さあ、中に入りましょう

いきなりこの美しい姿の階段がお出迎え、
神谷邸100 (96)_R
洋間の応接室ですね
神谷邸100 (99)_R
神谷邸100 (103)_R
暖炉ーがあーるのよー♪
神谷邸100 (111)_R
寄木の床もあるのよ~これは凄い、当時そのままで
神谷邸100 (114)_R
残されている、間違いなし。

神谷邸100 (118)_R


さあ、2階はどうなっているのかな