下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

東京駅STORY ~旧中央停車場~(4)

日本、いえ、世界を代表する駅亭「東京駅」にはたくさんの顔があります
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建設当時の姿を補修しない姿が、駅構内に
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山手線と京浜東北線のある5番6番ホームにひっそりと残された、
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大正2年の開業当時から続く柱が、有楽町駅寄りに今も残る
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美しかった

華やかな歴史ばかりではない「東京駅」
探しても見つからないかもしれません。この「点」に気付きますか
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日本の総理大臣がこの駅で二人も暗殺されています
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大正11年11月4日 「原 敬」首相。中央通路の、
新幹線入り口近くに残されています
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丸ノ内口の南口にも残されています
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浜口雄幸首相
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つい先日訪ずれた東京駅は雨が降ってました
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この日、見つけたのです、東京駅に移された「0哩標識」
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東京駅、まだまだ見所がありそうです

いかがだったでしょうか「東京駅丸ノ内駅舎」
全ては辰野金吾が目指した堅固な建物からこの物語は始まり、
関東大震災にもびくともしなかった建物が、
戦争で屋根をすべて焼かれ、そして2012年に復元されたということですね。
ご訪問下さり感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。

kozoh55

東京駅STORY ~旧中央停車場~(3)

夜もまた美しい「東京駅 丸ノ内駅舎」
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この白い飾り柱が「辰野金吾」作品の特徴
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どこか幻想的でもあります
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誰かが誰かを迎えに行く、思い出の場所
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蒼く聳え立つ姿に出会えたのは
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私の幸せ
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4話目が一番かもしれません

東京駅STORY ~旧中央停車場~(2)

日本橋にそびえるこの歴史的建築物を御存じでしょうか
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「日本銀行本店」は明治29年竣工、設計者は「辰野金吾」
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このドーム、あの建物に似てますね

そう、それが大正2年建築の、辰野金吾設計による「東京駅」
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それまで、西からの国鉄は新橋駅が終点、東の終点が私鉄日本鉄道の上野駅
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新橋、上野を繋げる鉄道を作るために「中央停車場」は生まれました。
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そう、日本の中心の「東京駅」として
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辰野金吾さん、本当に美しい建物を作って下さり
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ありがとうございます。
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そう、ここは皇室専用の場所なんです
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江戸城、皇居と向かい合ってますから

屋内もこれまた「別嬪」そのもの
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ドームの天井部分
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二階からの眺め
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大正2年に作られた初代東京駅は、東京大空襲により
大きな損害を被り、結果、当初の3階建てから2階建てに変更して
継続して使われていたのですが、
2003年に国指定重要文化財となり、その後、2007年に建築当時の姿への
復元工事が始まり、2012年10月1日現在の姿になったのです

東京駅STORY ~旧中央停車場~(1)

今回の記事は、この場所の紹介から始まる。
「旧新橋停車場」
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現在の新橋駅から近い汐留の地に
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そう、当時のその場所に2003年復元されたものです
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屋内も美しく、そして忠実に再現され
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1階はレストラン、2階は鉄道歴史展示室として公開
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プラットホーム側、駅だとここで気が付いたりします
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地下を掘ると、当時のプラットフォームが出現
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その脇に復元された作られた当時の線路は、
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当時のイギリス製のレールを新潟県柏崎市の製油所から
譲り受けた「実物」

そしてこれが「0哩(ゼロマイル)標識」
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明治3年に新橋横浜間の鉄道敷設の為
測量の起点となる最初の杭を打ち込んだ場所

この「旧新橋停車場」は大正3年12月に新橋から「汐留」駅と名を変え、
当時あった「烏森駅」が新しい新橋駅となったそうです。

同時に中央停車場「東京駅」が開業され、
この「0哩標識」もこの地を離れるのです。
さあ、東京駅へ