下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

代官町 旧朝倉家住宅(3)

今まで紹介した建物が母屋部分、そしてこの蔵も重要文化財、」
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残念です、この蔵内部を含め、この文化財の3割は非公開なのです。
代官山朝倉邸 (189)_R
茶室、土蔵、台所、、、、、、興味は尽きないのに。

けれども、この入口から始まるこのお庭こそが、
代官山朝倉邸 (174)_R
庭からの風情こそがこの建物の凄さなのかもしれません。
代官山朝倉邸 (177)_R
代官山朝倉邸 (200)_R
この景色を言葉にすると、
代官山朝倉邸 (198)_R
和建築の王道を感じることが出来
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代官山朝倉邸 (206)_R
代官山朝倉邸 (202)_R
うっとり見入ってしまったのです
代官山朝倉邸 (209)_R

ありがとう、虎治郎翁、
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さようなら、旧朝倉家住宅
代官山朝倉邸 (214)_R

いかがだったでしょうか、旧朝倉家住宅。
コメントで頂いた言葉を借りると
文化財がどうというより、ここに住んでいた人々の姿を想像すると
わくわくしてくる、そんな気持ちにkozoh55もなりました。
家族が結婚して旅立つ、家族がこの世を去る
たくさんの歴史があったでしょう、当たり前ですけど、
そんな興味もいっぱい湧いてくる、そんな建物でした。
ご訪問下さった皆様、感謝申し上げます。

またぜひ遊びにいらしてください。

kozoh55

代官町 旧朝倉家住宅(2)

大正時代の和風建築は、その後の関東大震災、太平洋戦争での消失を逃れ、
今にこの姿を残してくれています。

マンション洋建築に住むkozoh55としては、こんな廊下に憧れます
代官山朝倉邸 (36)_R
代官山朝倉邸 (45)_R
代官山朝倉邸 (68)_R
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洗面所
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おトイレにある背の低い窓
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その姿一つ一つに憧れます
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どれだけのお金がうなってたのでしょうか
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旧朝倉家住宅は、戦後の混乱期に朝倉虎治郎氏の手を離れ、中央馬事会、農林水産省に
引き継がれ、平成16年、重要文化財に指定されました。
建築当時、虎治郎氏は自身の材木店で働いた経験を生かして、
自ら材木選びをしたことが、今のこの美しい姿につながっているのでしょうね。



代官町 旧朝倉家住宅(1)

私kozoh55の街歩きは、美しい建物探しでもあります。
下調べして訪れて、目の前にして2回に1回くらい「美しさ」に出会えます。
出会えないことも多いのです。

でも、時々探していなかった場所で見たことがない美しい建物に遭遇する、
去年の秋、代官町でそんな出会いがありました。
朝から麻布に降り立ち、神谷町、そして代官町へと歩く
麻布・広尾・代官町 (216)_R
ブティックや
麻布・広尾・代官町 (210)_R
小粋なイタリア料理屋などが軒を連ねるこの場所で、

偶然この建物に出くわしたのです
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重要文化財「旧朝倉家住宅」表の顔は重厚そのもの

その周りを包む外観、大正8年建築
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室内の応接室
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さぞ有名な政治家や財界人がこの応接間に通された事でしょう
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丁寧な仕事ぶりに、惚れてしまうのです
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旧朝倉家住宅は、大正8年、当時東京府議会議長や渋谷区区議会議長を務めた
朝倉虎治郎によって建設されました。