下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

上野界隈~東叡山寛永寺はいずこ~(6)

東叡山寛永寺の名所見物をほぼ終え、「さあ、帰ろう」
と、上野駅に向かうと、もう何度見たことか、映し出される景色
上野ネクスト (581)_R
この上野の文字の電飾はなぜこれほどまでに暗いのか?
上野ネクスト (584)_R
想像ですけども文化財としての価値も高く、
上野ネクスト (591)_R
あるいは有形文化財に指定されることを望んで、
形を変えないのかもしれませんね。

昭和初期の建築物として、
上野ネクスト (593)_R
屋内も歴史を感じさせます。
上野ネクスト (596)_R
日本最初の地下鉄銀座線の駅が地下にあったから
このあたりの場所は、正々堂々とレトロしてます。
上野ネクスト (611)_R

そして上野と言えば、東北本線、常磐線、そして高崎店など。
そう、これらの路線の終点、それが「上野」なんです。
上野ネクスト (630)_R
上野ネクスト (621)_R
上野ネクスト (618)_R
そういえばイタリアの主要都市、フィレンツェ駅もこんな風に終点駅だったのを思い出しました。
上野界隈はいつの時代も江戸東京の中心都市でしたし、これからも主役なんですよ。

お晩です、ご訪問下さりありがとうございます。
「上野界隈」マジ楽しくて楽しくて、ついついタイトルの「東叡山寛永寺」ではないところを
たくさん見て歩いたんですよ。
どこもかしこもおススメで、皆さんぜひいらしてほしい、そんな街でした。
またぜひ遊びにいらしてください。
kozoh55

上野界隈~東叡山寛永寺はいずこ~(5)

東照宮を出てみると、
上野ネクスト (427)_R
「上野動物園」ちゃんですよ。
上野ネクスト (428)_R
パンダのネタは尽きませんね。
昔「欽ちゃんのドーンとやってみよう」という番組だったと思いますが、
「ホワンホワン」と「カンカン」の子供は?「保安官」
いやー、今考えるとオヤジギャグでしたね、あれで受けてたなんて、、、

そして「東京国立博物館」
上野ネクスト (449)_R
関東大震災で大きな被害を受けた博物館は、昭和13年にこの建物が完成。

で、どこに向かって歩いているのですか?って、
上野ネクスト (459)_R
そうです、私はこの記事のタイトル「東叡山寛永寺」に向かっているのです。
でも、途中で魅力的な建物ばかり、
上野ネクスト (460)_R
「旧東京音楽学校 奏楽堂」
上野ネクスト (464)_R
この巨大な建物は?初めて見るかもしれない
上野ネクスト (471)_R
「旧帝国図書館」1906年建築。
上野ネクスト (475)_R
この美しい内部は、現在「国際子ども図書館」として「、
上野ネクスト (492)_R
まさに「生かされている」からこそ、私達に感動を与えてくれます。

そしてここは、「寛永寺 墓地」。
この地には6人もの徳川家の将軍が眠っていて、
そしてその入り口を今守っているのが、「厳有院霊廟勅額門」
上野ネクスト (521)_R
空襲で徳川家綱、綱吉の霊廟のほとんどが焼けてしまう中で、ここが残った
上野ネクスト (525)_R
その姿は、どこか江戸時代そのままの姿を感じさせるものでした。

「寛永寺本堂(根本中堂)」ここが寛永寺の中心となる場所、
上野ネクスト (543)_R
にもかかわらず、この建物は明治期に川越から移築したもの、
上野ネクスト (549)_R
それはこのお寺のどこか「流転」を繰り返した歴史を
物語っているのでしょう。
ここも、
上野ネクスト (557)_R
ここも寛永寺、
上野ネクスト (562)_R
なんだかもう暗くなってきましたよ。
上野ネクスト (564)_R

上野界隈~東叡山寛永寺はいずこ~(4)

上野公園の中にありながら、「東叡山寛永寺」とは別物、
上野ネクスト (260)_R
正式名称「東照宮」別名「上野東照宮」
上野ネクスト (271)_R
徳川家康の信頼が厚かった藤堂高虎が、家康の遺言を受け、
1627年に藤堂高虎の屋敷内に作られたものです。
上野ネクスト (280)_R
沢山の灯籠は大名達の家康への忠誠心を示す意味で、
競い合って建てられたそうです。

参道の脇には「旧寛永寺五重塔」が寄り添ってました。
上野ネクスト (279)_R
現在の建物は、3代将軍家光が大規模に造営されたもので、
上野ネクスト (383)_R
震災・戦災を逃れて奇跡的に今も残されています。
上野ネクスト (366)_R
塀の向こうには、拝殿、そして本殿に有料で入れます。
上野ネクスト (281)_R
まぶしい
上野ネクスト (286)_R
輝きを放ちっぱなし
上野ネクスト (290)_R
派手好きの人間ではないのですけど
上野ネクスト (296)_R
この神々しさにうっとり。

内側から見た正面の門。
上野ネクスト (319)_R
日光東照宮の「眠り猫」の彫師「左甚五郎」の作品がここにも
上野ネクスト (308)_R
上野ネクスト (313)_R
上野ネクスト (305)_R
建物の意匠の美しさは、並ぶものがないのではないかと
上野ネクスト (322)_R
上野ネクスト (325)_R
上野ネクスト (326)_R
夕暮れ時は、寂しそう、でもこの輝きは
上野ネクスト (352)_R
まるで永久につづくかのように、感じたのです私には。

上野界隈~東叡山寛永寺はいずこ~(3)

東叡山寛永寺、ここしか、こここそが寛永寺な「時の鐘」
上野ネクスト (210)_R
江戸時代初期から、この鐘が江戸っ子に時を告げてくれました。

この鐘は二代目です。
上野ネクスト (211)_R
ハイカラーでも撮ってみました。
上野ネクスト (215)_R
気の遠くなるような時間を、この鐘は鳴り続けて、
今日現在も午前・午後6時と、正午に鐘の音を響かせています。

不忍池は、もう枯れていて、それはそれで上野らしさを表してくれてます。
上野ネクスト (95)_R

上野公園の坂を上がると戦災から逃れた建物が見えてきます。
上野ネクスト (111)_R
「清水観音堂」
上野ネクスト (154)_R
「なぜ今までここに来なかったの?」そう自問自答してしまうほど
上野ネクスト (111)_R
この建物は美しく、そして寛永8年(1631年)建築という古のもの。
上野ネクスト (159)_R
少し歩くと、京成上野駅からの「上野恩寵公園」入り口に辿り着く。
これが門だろうか。
上野ネクスト (118)_R
配線がされていたことを見ると、この重厚な門が
上野ネクスト (122)_R
明治時代訪れる人を温かく迎えたに違いない。

「西郷隆盛像」
上野ネクスト (125)_R
なぜ犬とここにいるのか、
上野ネクスト (129)_R
この場所で旧幕府の侍たち、彰義隊を、大いに打ち破った総大将は、
貴方だったじゃないですか。

なのに、そのほんのすぐ近くに「彰義隊慰霊碑」があることは、
上野ネクスト (137)_R
日本人の不思議さ、強い同胞意識を感じざる得ないのです。

更に、更に、この場所を御存じの方はいるでしょうか。
上野ネクスト (165)_R
「天海僧正遺髪塔」
そりゃ、無くちゃおかしいでしょう、この寛永寺は、天海僧正が作ったのですから。

ちなみに、東叡山寛永寺の現在の敷地は約3万坪。
上野戦争で寛永寺が焼かれるまではその10倍の敷地だったそうです。


上野界隈~東叡山寛永寺はいずこ~(2)

たぶん、このあたりは江戸時代は「東叡山寛永寺」だったはず。
「上野広小路周辺」
上野ネクスト (58)_R
この建物を見て「エービーエビー」と呼ぶのも恥でしょうけど、
「アブアブ」と読めるのも決して自慢できるものではありません。
「酒悦」さんは福伸漬の元祖、1675年創業、当時は「山田屋」さんでした。
上野ネクスト (57)_R
そこから、上野から湯島に抜ける「白梅商店街」は、
上野ネクスト (73)_R
「燕湯」さんにに負けない、歴史を背負ったお店が
上野ネクスト (59)_R
ふと現れて楽しませてくれます。
上野ネクスト (61)_R
上野ネクスト (62)_R
上野ネクスト (67)_R
上野ネクスト (69)_R
昭和6年竣工の「黒沢ビル」
上野ネクスト (77)_R
上野ネクスト (80)_R
この有形文化財、見ていて飽きませんよ。
上野ネクスト (82)_R
ステンドグラスが自然に咲いてます
上野ネクスト (84)_R
上野ネクスト (85)_R
建物の古さとその魅力は、やっぱり床のタイルあたりで始まりますね。
上野ネクスト (87)_R