下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

普段使いの街 矢切と私(4)

「矢切と私」などという怪しげなテーマで始まった今回の記事、
矢切の渡しに着いたものの、あれ?
矢切の私 (189)_R
今日は平日、渡しはお休み、私はどうなる、
矢切の私 (188)_R
ぶら下がっているものをまじまじ見つめ、がっくりと
矢切の私 (191)_R
渡しの乗り場はちゃんとあるのに
矢切の私 (192)_R
あの向こうに見える「柴又」には行けないのです
矢切の私 (197)_R
草餅はいずこ?団子の行商の方でも通らないかしら、、、、
確かにここは「矢切の渡し」
矢切の私 (199)_R
細川たかしさんの書ですよ

とりあえず、矢切駅に帰らなくちゃ、
矢切の私 (202)_R
再び振り返ると、この姿
矢切の私 (201)_R
「野菊の小道」なるもの発見、
矢切の私 (207)_R
温かい時期で好天なら気持ち良かったんでしょうけど、
矢切の私 (211)_R
道は「じゃぶじゃぶ」濡れて、ぬかるんでいるんですよ~
矢切の私 (214)_R
でもでも、最後に美しい姿が目に入り
矢切の私 (222)_R
(えっ!セブンスターの丘!)なわけない

なんか平和な気持ちになれたkozoh55でありました
矢切の私 (225)_R
葱とシロツメ草かなあ
矢切の私 (226)_R
渡しは、乗らないと、もったいない

いかがだったでしょうか、
私にしては珍しく、写真を後で見直した時、
一人で「プップッツ」と笑い出してしまいました。
寒い中、水浸しの畑と格闘しているんですから~
ご訪問して下さった方、感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。

kozoh55

普段使いの街 矢切と私(3)

矢切に来たからには、「矢切の渡し」には行くよねえ、と、
まだ春の寒い3月、風も強かった3月に江戸川方面に向かう
矢切の私 (102)_R
庚申塚が典型的な姿でお出迎え
矢切の私 (113)_R
見猿、言わ猿、聞か猿が
矢切の私 (115)_R
昔のセーターの柄に見えているようでは、いけません。
この庚申塚全体は「矢喰村庚申塚」と呼ばれ
矢切の私 (117)_R
矢喰村と書かれる、読まれる時代もあったようです

そうそう、「矢切の渡し」がなぜ私たちが知っているかというと
伊藤左千夫の「野菊の墓」の舞台が矢切だったからですね~
矢切の私 (129)_R
寒かったので「野菊の墓文学碑」の場所をスルー
矢切の私 (143)_R
旧家の木造建築に「萌え~」とか感じても
矢切の私 (148)_R
「まっすぐで」
矢切の私 (152)_R
「寂しい」一人歩き
矢切の私 (161)_R
ここにも「野菊の墓」の記念碑
矢切の私 (164)_R
「私は野菊の生まれ変わりよ」
「どうやら民さんは野菊のような人だ」

い~いお話のようだけど、この日は風強く波高し
矢切の私 (170)_R
この時期の畑なんて、寒々しいに決まっているのに
矢切の私 (171)_R
何故kozoh55はこうして歩いているのか

やっと見えてきた、あの堤防の向こうには、
矢切の私 (173)_R
「矢切の渡し」と江戸川が見えてくるはず、
渡しで川を渡れば、温かい草団子など頬張ることが出来るよ

遂に「矢切の渡し」の入口に到着
矢切の私 (184)_R

つづく、、、

普段使いの街 矢切と私(2)

埼玉県入間の方で明治時代に造られた蔵が
解体を余儀なくされていた事を知り、
矢切の私 (42)_R
こちらのご主人が建築家で、通常の建物2棟分の費用で
移設した、そんな物語を持つ建物の二階へ
矢切の私 (45)_R
矢切の私 (51)_R
むき出しの梁、もちろん一本物の材木
矢切の私 (61)_R
「蔵に住まう」先駆者のお二人に、拍手と感謝の気持ちが湧いてきました
矢切の私 (76)_R
街の方に戻ってみると、やっぱりしみじみ系で、
矢切の私 (237)_R
自動販売機を見ていて、いつの時代だろうって
矢切の私 (232)_R
矢切の私 (230)_R

何だか突然お腹が空いて、「普段使い」系のお店に入り
矢切の私 (87)_R
矢切の私 (92)_R
矢切の私 (95)_R
美味しく頂きました。

ああ、そういえば、矢切に来ていて、「矢切の渡し」に
普通、行くよねえ

普段使いの街 矢切と私(1)

まだ梅の季節、3月初旬だったでしょうか、
千葉県松戸市の「矢切」を訪れたお話です。
細川たかしのあの名曲で有名ですね。

のっけから寂しげな街並み
矢切の私 (1)_R
矢切の私 (3)_R
矢切の私 (4)_R

そうか、矢切は「宿」だったんですね。
矢切の私 (7)_R
で、このキャラクターの意味を、、、松戸市民は
矢切の私 (8)_R
私に教えてください。

「蔵のある喫茶店がこの先にあります」
という看板を見て、行ってみる。
矢切の私 (11)_R
立派な蔵、そして蔵のお店。
つるし雛がこんなにも飾られているなんて、大好きなんです。
矢切の私 (14)_R
「こんにちは、お邪魔します」
「いらっしゃい」と優しい声でベテラン女性が出てきてくれる
矢切の私 (25)_R
かわいいのう
矢切の私 (26)_R
古い、珍しいものが盛りだくさん
矢切の私 (15)_R
このガスストーブ、現役なんですよ
矢切の私 (17)_R
本当に火をつけてくれました、感謝、感謝
矢切の私 (35)_R

蔵のギャラリー 喫茶 結花(ゆい)さん、続きます
※最初の記事で店名に誤りがありましたので、修正いたしました。
 お詫びいたします。

普段使いの街 早稲田②

今回の記事は、「普段使い」な物というものが、いかに大切なものかを、
自分自身が考えたかったのに、他ありません。

もう少し早稲田の街を歩いてみました。
高田馬場・地蔵 (192)_R
高田馬場・地蔵 (204)_R
高田馬場・地蔵 (208)_R
この銭湯だって、現役でしょう
高田馬場・地蔵 (213)_R
高田馬場・地蔵 (216)_R
高田馬場・地蔵 (219)_R
この橋は何者?
高田馬場・地蔵 (240)_R
「面影橋」を見つけました。

N・S・Pの曲として有名です。
高田馬場・地蔵 (236)_R

この旅の極めつけは、こんな風景かもしれません
高田馬場・地蔵 (254)_R
この街に入るには、お馬さんを拝んでからと決まっているようです。
高田馬場・地蔵 (258)_R

「武井日本館」
高田馬場・地蔵 (264)_R
そこにはしっかりと古い学生寮が残されていました。
高田馬場・地蔵 (262)_R
高田馬場・地蔵 (268)_R
古い?いえ、美しいが正しいです。
高田馬場・地蔵 (269)_R
「女神」のような美しさ。

いかがだったでしょうか、「地蔵通り商店街」と「早稲田」
武井日本館には、30年前に戻って学生として住んでみたくなりました。
お願いします、オーナーさん、この建物は残してほしい。

ご訪問下さった皆さん、感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてください。
kozoh55