下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

あなたは椎名派?長崎派?池袋の向こう⑤

ご訪問下さった皆様、最後の記事を読んで、
「椎名派か長崎派か?」を決めてくださいね。

ときわ荘通りを更に西に進むと、東長崎駅周辺の「光和通り商店街で発見!
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分かるでしょうか?
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そうです、この写真の一角は全て繋がってます。
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分かりやすい言葉ですいうと、長屋商店街なのです。
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ここにも運命共同体があります。

最後に紹介する運命共同体「長﨑十字会」は、
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東長崎駅北側から椎名町駅に向かった所に、終わらない商店街として
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そこの「ほのぼのと」存在していましたよ。
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ほのぼのというのは、
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こんな風景の集まりの事を
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呼ぶそうです。
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本当にそうですね。
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ふんぞり返るもよし
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悪役に徹するもよし
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黄昏ていても、良いです
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最後は、「椎名町・長崎」は猫パラダイスだったというオチで、
この物語を終えてよろしいでしょうか。

いかがだったでしょうか、椎名町・長崎。
「下町」というタイトルをうたっているこのブログにとって、
この街の風景はまさに「原風景」だったかもしれません。
終わらない下町風景とそこで懸命に働く人たち、
こんな記事をこれからも作り続けていきたいものです。
ご訪問下さった皆様、本当にありがとうございます。
またぜひ遊びにいらしてくださいね。

kozoh55





あなたは椎名派?長崎派?池袋の向こう④

池袋駅の西を歩く旅は、ときわ荘跡を詣でた時点で、
目的地を大体回ったのかしらと、自分ではそう思っていたのが、

今考えると、旅の始まりだったのかもしれません。
「中華料理 松葉」はこの地で育った漫画家たちの作品に
何度も何度も登場したお店、現役なのがすごい。
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許可を頂いて撮った店内。
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最初にラーメン500円をオーダー。
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中華料理のラーメンの味は、
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満足感と同時に「もう一品頼まなきゃ」という気持ちになり
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ちゃんとチャーハンも頂いたのです。
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このビジュアルも凄い。
味はやっぱり食べなければわかりませんね。

店内に昭和30年代の松葉さんの写真が飾られていました。
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次の5話目が、椎名町・長崎編の最後となります。


あなたは椎名派?長崎派?池袋の向こう③

で、ときわ荘は今どうなっているの?路地にどうぞと看板が、
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どこにでもある住宅街の路地の先に、それはありました。
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ミニチュアの「ときわ荘」と当時を偲ぶイラスト。
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木造モルタル二階建てアパート。
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室内も見たいですよね、そこで、ときわ荘通りのお休み処&プチ記念館へ
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1階では手塚治虫を始めとしたときわ荘出身漫画家の本が読めて
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出身漫画家の絵入サイン、訪問された漫画家のサイン、
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このノート、信じられない有名な漫画家が、サインもい入れずに
自身の作品のマンガを描いてたりする、これにはかなりビックリ!!
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2階へ、これが当時のときわ荘を彩った漫画家たち。
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私が一番お世話になったのは、手塚治虫と石ノ森章太郎このお二方かな。
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復元されたときわ荘の室内。
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よく漫画を描いて、よく飲んだり遊んだりしたのでしょう。
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漫画家チームは主に2階に集まっていて、基本1階は一般の方々が住んでいて、
2階のどんちゃん騒ぎに「うるさいぞ」と怒鳴られていたそうです。

椎名町・長崎は語りたいことがまだいっぱいあります。

あなたは椎名派?長崎派?池袋の向こう②

元々は、この駅近くに椎名町は存在していましたが、
昭和40年代の初めに、住民の希望により全て長崎の地名になったようです。
駅名は周りに東長崎、南長崎などがあり、混乱を招く可能性があり
駅名としてだけ残されたのですね。

ご存知の方もいらっしゃるかと思いますが、戦後の混乱期に
「帝銀事件」がこの長崎の地で発生し、犯罪発生場所の銀行の支店名が
「椎名町支店」だったことから、この名前が住居表示から消えることになったようです。

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駅の地図のタイトルは「アトリエ村周辺紹介地図」
知らない?知りませんよね、アトリエ村。
私のブログの過去の記事から写真を引っ張ってきました。
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1930年代、昭和初期にこの長崎一帯に美術家向けの借家群が作られ
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「アトリエ村」と呼ばれ、当時数十軒建てられ、まさに「村」になっていたんですね。
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3枚はすべて豊島区郷土資料館で撮影したものです、(ミニチュア作成したもの)
残念ですが、当時建物そのままの姿は、戦災等の影響でしょうか、
今回は何も見つけることが出来ませんでした。

今回の旅の一番の目的地はここです、椎名町駅南口から
10分ほどにある商店街。
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「目白通り二又商店街」
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渋いお店ばかりが連なる商店街、
「氷室」という名を久しぶりに見ました、現役の氷屋さん。
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堂々たる姿の「百貨店」
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「百貨店」という言葉は、こういうお店にこそ相応しいのじゃないかと、、、、
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山政マーケット。あの超有名漫画家が、
このお店で買い物していたかもしれません。
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そう、この通りは「ときわ荘通り」
手塚治虫、石ノ森章太郎、赤塚不二夫などが漫画家として暮らした、
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「ときわ荘」があった場所、明日、もう少し紹介します。

それにしても、椎名町・長崎は芸術に縁が深い。

あなたは椎名派?長崎派?池袋の向こう①

タイトルがちょっと分かり辛い記事かも知れません。
お晩です、ご訪問下さった皆さんに感謝申し上げます。

池袋駅西口に出て、山手線の外側に向けて歩き始めて、
20分ほどで出会った、新しい風景。
私には新しくても、皆さんにとってはどう映るのでしょう?
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「仲通り商店街」
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商店街に天井があるように見えます。

この街はちゃんとした下町のようです。
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駅前にこんな建物があるのは、
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誰も蔵だとは気付いてないかもしれません。
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ふっと、入ったお米屋さん?和菓子屋さん?
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このゴマのおはぎを食べてみると、体に優しくて、
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「ぺろりん」と平らげてしまった私、
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椎名町駅が、私の目の前に現れて、
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でもこの街の住居表示は、ほぼすべて「長崎」なのであります。
どういしてなんでしょう、謎解きは続きます。