下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

見届けられた幸せ 横須賀 小松

テレビで今日のニュースを見ていたら、
横須賀市の「海軍料亭」と呼ばれた明治18年開業の料亭が火事となり、
全焼に近い被害を受けたと報道されていた。

100年を超すその建物への敬意を表して、写真をアップします
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料亭だから、夜の方が美しく見えるのは、ごく自然のことなんだろう
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また輝かれることを、お祈り申し上げます

見届けられた幸せ No004 京島 キムラヤ

お晩です、訪問くださる皆さん、ありがとうございます。
先週、久々に京島を訪れました、、、時は残酷なほど街並みを変えていきます

「パン洋菓子 キムラヤ」さん
京島・向島 (7)_R
京島の街並みを象徴するようなお店は、もうとっくにいません
京島・向島 (8)_R
丁寧に並べられたパンたちは、美味しそうにそこに並んでいて
京島・向島 (9)_R
お店の歴史を彩る飾り達をもう、見れません
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「京島は、再開発再開発で、ついにうちも3か月後には閉店なのよ」
奥様は心底残念な風で、この日初めて出会う私に語ってくれた
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これがあの「シベリア」。羊羹や餡子をパンで挟んだお菓子
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素朴な味わいが、私には嬉しくて

そうそう、この曲がりがある商店街のマンションのあたりに
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キムラヤさんは佇んでいました


見届けられた幸せ No003 上野下同潤会アパート

関東大震災の復興を目的として設立された「同潤会アパート」は、
電気・都市ガス・水道・ダストシュート・水洗便所など、当時最先端の近代設備が備えられていた

その、最後まで残された「上野下同潤会アパート」
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当時まだ珍しかった鉄筋コンクリート建築
上野下 現役 (3)_R
上野下 現役 (11)_R
機能の優れた建物は、その姿もシンプルで美しい
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窓廻りがなかなかの迫力
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上野・東上野 (112)_R
最後の上野下同潤会アパートは、2013年解体。
この写真は解体することを知って、最後のお別れに行った時の物
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外された看板は、どこかで残されるのだろうか
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ご存知の方も多いでしょうけど、有名な「表参道ヒルズ」は、
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青山同潤会アパート跡地を再開発したもので、

表参道ヒルズの隣には設計家の安藤忠雄さんが再現した「同潤会アパート」が
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建てられた当時のような美しさで佇んでいます

ただひとつ、心残りは内部を一度も見ることが出来なかった事ですね
どんなダストシュートだったことか

見届けられた幸せ No002 洲崎 旧大賀楼 

地下鉄東西線「木場」駅を降りて、ほんの少し千葉方面を歩くと、
右に坂があり、その先にあった「洲崎大門」、そう、洲崎遊郭の跡地。
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明治時代、根津遊郭が近くに東京大学が建てられたため、この「洲崎」に移転となった
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その名残が通り名として残されている

洲崎遊郭、戦後は洲崎パラダイスと呼ばれた赤線地帯は、
昭和33年の売春防止法の成立によって、役割を終える

が、つい数年前まで残されていた「色街残照」、2011年8月撮影
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「旧大賀楼」遊廓の中でもランクの高いお店だったようだ
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シンプルで上品な造りに、この蒼い空が良く似合った
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これほどまでに伝統的なタイル意匠は、もう見ることは出来ないかもしれない
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当時、そう感じた

案の定というか、この建物は東日本大震災の被害を受け、
2011年秋に解体、今はもう、どこにあったかすらわからないだろう

見届けられた幸せ No001 三軒茶屋中央劇場 

最近、以前訪れた街を再訪すると、
当り前のようにそこにあった建物が、姿を失ってしまうことが、ある、よくある。
その姿を記録にと「見届けられた幸せ」シリーズを本格的に始めます。

今日はその第1話、「三軒茶屋中央劇場」

たぶん、2012年12月撮影、
大正14年「駒澤電気館」として国道246号線沿いに開業し、その後、「三軒茶屋映画劇場」と改名。
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昭和27年に姉妹店として作られたのが、この「三軒茶屋中央劇場」
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私にはこのカッパの姿が印象的でした。
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公開された映画の和・洋の名作を2本立てで上映してたそうです。
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先週立ち寄ると、すでに建物は無くなってました。
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閉館日 2014.2.14