下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

社寺出逢 駒込それぞれ

この、教会のようにも見える建物は何者なのか
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「駒込大観音」
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天正17年(1589年)に創建された「光源寺」には
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天保時代に造られた十一面観音像が座していたが
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戦争で焼失、今の十一面観音像は、再建されたもので
だからといってこの美しさを失うものではないのです

駒込高林寺にひっそりとありました、蘭学者「緒方洪庵」のお墓。
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駒込には由緒正しき寺社と、そしていっしょに佇んでいる街並みがありました。
床屋さん?
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玄関が窪んでいる家なんて、いまはそう無いのですが
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こんな宝物にも出会えます
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どこか吉祥寺の「経堂」のようにも見えたりして
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美しいものです

床屋さん2号かしら
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[ 2014/05/30 20:40 ] ◎時のかけら 社寺出逢 | TB(0) | CM(2)

社寺出逢 駒込吉祥寺(2)

吉祥寺という地名で、今の人が思い出すのが、
中央線の吉祥寺駅。あの駅の周辺に「吉祥寺」はありません。
この吉祥寺の所領だったので、地名が吉祥寺になったのです。
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山門とほぼ同時期に建てられ、戦災を逃れた
「経堂」
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池上本願寺の「経堂」もそうでしたが、派手でない分、
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尊さを感じ得ずにはおけません。
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狛犬は、また独特で、虎かなあって、神楽坂の狛犬は確かに「虎」でしたね
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木の彫刻に見とれてました
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本堂を望む一本の道に
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お経を読みながら、僧侶が祈ってました。
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神田の昌平坂学問所(現在の湯島聖堂)と競い合った学問の地は
今も厚い信仰に守られて、今日があるのでしょうね。

駒込吉祥寺、知る人ぞ知るお寺
建物の美しさに出会いたい方は、特にオススメですね。

[ 2014/05/29 23:09 ] ◎時のかけら 社寺出逢 | TB(0) | CM(2)

社寺出逢 駒込吉祥寺(1)

駒込吉祥寺、こちらは、茨城県のご紹介をされているブログ名、
「まほらにふく風に乗って」のRomanさんが存在を教えてくださいました。
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吉祥寺は室町時代、あの「太田道灌」が開基したお寺で、
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1802年建築の山門、古さを感じるだけでなく、
芸術としての美しさが飛びぬけています。
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「旃檀林」
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せんだんりんという名の「寮がここに作られ、江戸時代学問の中枢となり、
常時1,000人が学んだと言われ、
旃檀林は駒澤大学として学問の道は続いています。

だからこそ、でしょうか、二宮尊徳(金次郎)の墓碑がここに
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「尊徳」の字が読めます?
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突然見えてくる
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釈迦如来坐像、これはかなり大きかった
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実は吉祥寺で有名なのが「八百屋お七」
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明暦の大火の時、お七の家族はこの「吉祥寺」に
避難したと言われているのです。

吉祥寺、後編へ
[ 2014/05/28 23:39 ] ◎時のかけら 社寺出逢 | TB(0) | CM(0)