下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

石岡 常陸の府中として約束された地

「常陸の國総社宮」この地に常陸の国国府が置かれたころ、
天平年間からの歴史を持つ神社。
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茅葺の屋根がそこのことを教えてくれる。

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美しいけど、案外、最近建築された?かなあって、
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そう思いつつ、奥の本殿を覗いてみたら
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茅葺の門同様、江戸中期の貴重な建物でした。

石岡の地は、霞ヶ浦がすぐそこにまで来ていて、舟の交通の要所でもあり、
選ばれた場所なのですね。看板建築がそびえる今の姿は、
もしかしたら、仮の姿でしかないのかもしれません。
そんな風景も、エピローグとして選んでみました。

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「まち蔵「藍」」住んでみたくなりませんか?
ちょんまげ姿の人が今にも出てきそうです。
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実はこんな「和建築」のそびえる街でもありました。
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看板建築の元「看板屋」さん。
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イシオカサンド、マジ美味しくて。
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最後に残った謎。市内から常陸國総社宮に行く途中「空き地の様な所」
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にて見つけた煉瓦塀、これは何の名残りか?地元の方も知らない様で、
「これは、荒川の明治時代の煉瓦工場跡(下写真)の塀に似ているぞ」
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謎のまま残しておく方がいいんでしょうね。

いかがだったでしょうか、石岡の街。
撮影した写真がこれほど使い切らなかった場所は、
初めてです、それほど見どころがありすぎて
紹介しきれなかったのです。

「まほらに吹く風に乗って」のRomanさん
http://yotsuba23.blog104.fc2.com/
改めてありがとうございます。
「まほら」という言葉から勉強し直しますね。


ご訪問下さった皆さん、ありがとうございます。
これからもぜひ遊びにいらしてください。

kozoh55

石岡 看板建築に逢いたくて(4)

「このお店はね~、地元に人気でいつも混んでいて
でも、取材とは一切お断りしているらしくて、
有名ではないのよ、でも、マーボー麺とか美味しいわよ」
その言葉で、この店に来ました。
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私はこの、「タンメン」スープがさっぱり、
野菜はしっとりとした柔らかさが優しい。
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そして、「チャーハン」ベタな味わい。
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yokotako氏はおススメの「マーボー麺」
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食べても食べても麺が出てきません。ボリューム最高。
その街にどっしり根ざした食べ物屋さんに来れるなんて、
嬉しい限りですね。「珍来」さんは人気ゆえに、
ひっきりなしにお客様がいらしてました。さすがですね。

地元代表と言えば、石岡市は「府中誉株式会社」
安政元年(1854年)創業の造り酒屋。
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建物が「ハンサム」じゃありませんか。
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店内はちょっと色っぽいかも。
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当時の洋建築のモルタルの技術を使って作られた蔵は、
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中も江戸時代の蔵とは違いますよ。どこがって?
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酒蔵のご主人が教えてくれたので、、、地元の建築士さんの勉強会に
混ぜていただいて、見学させていただいたんです。
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最後は地元の美女たちによる試飲会、
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ええ、ええ、頂きましたとも。
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酒蔵主さん自慢の「渡舟」純米酒、幻のお米を使ったお酒だそうです。
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もちろんもったいなくてまだ飲めません。クリスマス用?かな。

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元はこの煙突はもっと上がありました。
3.11の影響はこの県は大きかったのでした。

次回は最終、ISHIOKAの街の魅力、てんこもりでしょう。


石岡 看板建築に逢いたくて(3)

紹介されたラーメン屋さん「珍来」に向かおうと歩いて、
途中で出会った和建築、栗山呉服店(昭和7年建築)。
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上を見るとガラス窓の風情がなんとも美しくて
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「中に入ろう」と買い物出来るわけもないのに、、、
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「いらっしゃいませ」丁寧な話し方で、奥様が笑顔で出てこられた。
私:「外から拝見してあまりに美しかったもので、ついつい
お店にお邪魔してしまいました」
「そうですか、でしたら2階に上がられますか?」
私・yokotako氏「えっ、いんですか」
「どうぞどうぞ」

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この後は夢のような時間が過ぎた。
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中に炭を入れて使うアイロン。
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お宝達が出るわ出るは、、
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国鉄の荷物札、もちろん本物。
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当時使われていた手拭いの柄の見本帳。
奥様は今も現役で日本橋まで仕入れに行かれている。
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1階もまたお宝。
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この行李の輝きは、忘れられません。
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結局美味しいお茶とお菓子までごちそうになって
しまったのでした~、奥様、本当にありがとうございます。
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石岡 看板建築に逢いたくて(2)

ここが水戸に続く街道。石岡市中心部。
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看板建築は更に彩りを加え。
「十七屋履物店」昭和5年建築。
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縦長の窓が美しい。上部の意匠も凝ってますね。
看板建築の先駆けだったようです。
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お隣の「久松商店」同じく昭和5年建築。
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入り口には、「お誂え(おあつらえ)」の看板、ショップさんが
テナントで入っているのですね。
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このお店は、オリジナルの手拭い・小物等を、
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たくさん扱っていて、友人のお土産をいっぱい買いました。
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こういう、ちょっとした姿・形に歴史を感じる私です。
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ショップの美人店主さんは、私やyokotako氏に
この街のお話をたーくさんしてくださり、昼食おススメの
地元人気店を紹介して下さったのです。
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店主さん、ありがとうございます。
それでは、昼食に行きましょう。

石岡 看板建築に逢いたくて(1)

大正12年、関東大震災により10万人以上の人が亡くなられた。
復興に当たって、防災上で道路が拡張され、各家庭の面積が減り
これまでの軒を出す建築ではなく、軒のない前面が平たい、
そして防火材としてモルタルや銅板を使った『看板建築』と呼ばれる
木造建築が大正末期、昭和初期に多く作られます。

東京で作られた幾つかの現役看板建築を見て、
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《日本橋にて銅板タイプ》
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《上野佐竹商店街周辺モルタルタイプ》

この建築物に惚れてしまった私は、ブログでお世話になっている
Romanさんのブログ「まほらに吹く風に乗って」を拝見して、
茨城県石岡市という看板建築の宝庫を先週訪れたのです。

東京から常磐線で約1時間強、駅前は普通の現代物ですが、
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水戸につながる街道沿いに出た途端、この姿に出会えます。

「すがや化粧品」(昭和5年建築)
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ギリシャ建築?重厚感が漂ってました。
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森戸文四郎商店(昭和5年)
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こういう細部の造りが看板建築の魅力でしょう。
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ちょっと奥に入ったところで見かけた床屋さん、
「平松理容店」(昭和3年建築)
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青空が凄く似合ってました。
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この建物のオーナさんは、建築当時すごく
誇らしい気持ちで住まいとして、そして今も愛してるんでしょう。
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なにげなくもあり、なにげなくもない、
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昭和4年、石岡市は「石岡の大火」が発生し、中心街の1/4が
焼けてしまったそうです。ですので復興として昭和5年建築が多いのですね。
平松理容店は珍しく、その前の年に作られています。

石岡、看板建築まだまた続きます。