下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

川越 ひっそりと西小仙波町③

この街に残された色街残照は、すべて戦前の遊郭由来のものではないか
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色街残照と思える建物の3カ所目で、改めてそう感じました
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格式が高い、
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この姿、次はどこで出逢えるのでしょうか
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京都?大阪?

ここは現役の料亭でした
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だったら、中に入りたかったのに
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今日は定休日でしょうか、お休みです
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横からのすがたも、いとおかし
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普通の平屋の民家?
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いやあ、色っぽ過ぎて、そうは見えないですわ

いつか喜多院のすがたもちゃんと紹介しなきゃ
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ですよねえ
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[ 2016/09/24 00:02 ] ◎色町残照 | TB(0) | CM(2)

川越 ひっそりと西小仙波町②

お世話になった舟運亭さんがあるあたりは、すでに「西小仙波町」
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道行く、地元の方?とおぼしき人に
「この辺りに色街があったようなんですけど、ご存じですか」
kozoh55がストレートに尋ねると50前後くらいの女性の方が、
「あら、ああ、あそこよ3階建ての建物の脇の路地を入ったところ、
当時の建物もいくつか残されているみたいよ」と

教えていただいた路地に入る
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すでに左側に見えていたもの
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わーなんだこれは~普通の住宅街の中なのに
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美しすぎて、ごめんなさい
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他にも「色街残照」は、あるのか?あった
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もうここは「喜多院」まですぐそこの場所
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ここにも
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この窓が作られたのは、いつなんだろう
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こんな時間・空間と出逢えた幸せ
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まだ終わらない
[ 2016/09/23 00:42 ] ◎色町残照 | TB(0) | CM(2)

川越 ひっそりと西小仙波町①

ご存知川越は蔵・蔵・蔵に包まれた商人の町
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江戸時代から大いに繁盛し街並みの美しさから、
「小江戸」とまで言われたこの街には戦前・戦後の赤線廃止まで、
徳川家光生誕の間が残されている「喜多院」近く、
「西小仙波町」に色街があったそうだ

地図では今もその地名は残されていて、kozoh55は今月、訪れてみた。

東武線川越駅を降りると、喜多院のある駅からは西側に向かう
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おお、これは地元百貨店「丸広」さん、今も繁盛し続けている老舗

ただ道路を歩いているだけで、
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こんなにも素敵な古い建物
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この手摺が美しい

お前も
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なかなかの面構えだけど
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いきなり川越らしい「蔵」なお店に出会う「麺老舗 舟運亭」さん
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屋根に大黒様と鍾馗様がいっぺんにいるなんて
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なんて縁起のいいお見せでしょうか
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店内に入りそうめんやらラーメンやらを選んでいたら
素敵な古家具に遭遇
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出逢える幸せですねえ
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そしてこれは全て本物の「太政官札」
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個人宅でこれほどのものに出逢えることは
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ないですよ、マジで
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美しい奥様が入手の経緯をお話しして下さり
撮影の許可も頂いて、ありがとうございました、奥様
[ 2016/09/21 21:58 ] ◎色町残照 | TB(0) | CM(0)

東陽町 洲崎パラダイスの終焉

見つけられないものがある。探しても、探しても、

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確かに「洲崎パラダイス赤信号」という映画に、この場所は登場する
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「洲崎神社」
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本来この辺りは海岸線で、風光明媚な観光地だったらしい
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寛政3年に発生した高潮により、洲崎の地の方々はことごとく亡くなられた
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波除碑として幕府が建て、そして関東大震災、戦災によって
背も低くなり、碑文も解読不能に、

住宅街の一角の突然広い道路があるのは、不思議?
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「遊園」とは、、、
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料亭だろうか、ここは以前の「大門」そば
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渋い都営住宅の脇
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公園と一緒にそれはありました
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「洲崎遊郭」碑文
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住んでいる人だって、知る由もない
ただ、私ですら「洲崎」という今は無くなった地名が、
そこには彫られているのです

玉ノ井 色町のかけら(4)

1年と少し前にこの地に来た時に見た、「見届けられた幸せ」な
風景を最後に紹介します。今回、見つけられなかったのです。

玉ノ井 (2)_R
分かりますか?
玉ノ井 (1)_R
そう、前回来た時は、この商店街は存在し、看板も出ていました。
すべてなくなってます。

前の記事の「とりふじ」さんに確認しましたら、
「もう、商店街が無くなったのよ」という答えでした、、、、

今回、見つけられませんでした。
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (326)_R
これも、
文花・京島・玉ノ井・三ノ輪 (325)_R

そしてこのシンボルタワーも見届けられて良かったという物語です。
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いかがだったでしょうか、玉ノ井。
国に認められた「遊郭」ではなく、「私娼」の場、「玉ノ井」は
まだちゃんと残されていた、それが今回の記事です。
でも、次回はもうないのかもしれませんし、それはそれで
受け入れることにします。
ご訪問下さった皆さん、感謝申し上げます。
またぜひ遊びにいらしてくださいね。

kozoh55