下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。

京都 夢のまた夢 橋本(参)

私のブログにいらした皆さんに見てほしい風景があります。
それは、街の後ろ姿。

橋本の街並み
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何年、何十年前から変わらないのか
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赤線残照
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こういった窓は、もう過去の写真の世界になっているけど
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後ろ姿に、ちゃんと描かれてましたね、現役として

京都 夢のまた夢 橋本(弐)

この街は時間がゆっくりとしているかもしれない
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ちょっと気が付かないかも、これは、『銭湯』
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誰がここから姿を見せたんだろう
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この緑色がこの街には似合っている
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モノトーンの世界
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一つ一つがお約束にも思えてくる
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色街残照
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この建物は
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「赤線」という言葉が似合う
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そう、昭和が檜舞台、主役だったのだろう
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もはや無くなっていると思っていた
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そんな建物に出逢うことが出来た
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幸せ
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京都 夢のまた夢 橋本(壱)

伏見と大阪を結ぶ『京街道』の一つ『橋本』には
江戸時代から遊郭が置かれていました

京都から約40分、橋本駅は普通列車しか止まらない、静かな印象
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京阪鉄道には初めて乗りました
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明るく綺麗な電車

駅の目の前の建物
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いきなりの登場です
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どこまでが一つの建物か、わからなくなるほど大きな古建築物
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そして、『京街道』沿いに出ます
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街道沿いは、ず~っとこの景色でした
ここだけ、時間が止まっているのでしょうか



例えばこの建物です
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細部を見始めると
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その美しい意匠に
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見惚れてしまうんです
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ガラス、木、タイルの調和が建物を彩ります
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もう1ヵ所、ご案内
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この窓廻りの姿、見たことがありません
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すべて美しい状態が維持されている事にも驚かされます
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細部の凝りようも見逃せません
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住んでいる方々の建物愛が伝わってくる街、橋本
続きます

京都 夢のまた夢 島原(肆)

島原は花街、花街には遊宴の場『揚屋』がありました。
現在で言うと「料亭」が近い言葉です。

日本で唯一現存する揚屋建築『角屋』(すみや)
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館の顔
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宴会場への正面玄関か
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つけ払いを断られた新選組の隊士が付けた刀傷
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こちらは台所への勝手口?か
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いや、こちらこそ正面なのかもしれない
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寛永18年(1641年)建築。

『飾りかまど』、確かに可愛くて美しい
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こちらは本当に使われていたもの
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うーん、美しい
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『箱階段』
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『網代の間』
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そうですね天井が網代組みされています
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小さな庭園は、それはそれは姿がよくて
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この奥には『大座敷』が
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大座敷からの眺め『臥龍松の庭』
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そう、この部屋で新選組の幹部が集まって飲み交わし
当時の隊長「芹沢鴨」はこの角屋での宴の後、屯所に戻ったところを近藤勇一派に襲われ絶命する
そう、島原と壬生はすぐ隣なのですね

京都 夢のまた夢 島原(参)

先にお話しますと、この島原の地は今は静かな住宅街、
その中に残された、残してくれたものを紹介します。

大門の通りからちょっと入ったところに見えてきた黒い姿
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『輪違屋』(わちがいや)は元禄元年(1688)創業の置屋。明治以降はお茶屋も兼ねる
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現役のお店、だからこそ、中を見ることが出来ない
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現在の建物は安政4年のもの
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入口に掛かっていた「観覧車絶」(一見さんお断り)の札が
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やはりお似合いと感じてしまう、「凛」とした佇まいでした
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島原大門の通りにある『きんせ』
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元は旅館で、カフェバーだった時期もあり、今は
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何をしているのかはわからない
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200年以上の歴史を持つこの建物
とにかく美しい