下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

横須賀 迷宮STORY うつろい

横浜が日本史に登場するのは幕末、
横須賀は中世、三浦氏の時代からなので、
古さでは横須賀に軍配が上がる

横須賀駅から数分の所にある和菓子屋
151023-135018-横須賀201510 (124)_R
『松月』さん、美味しかった~
151023-134934-横須賀201510 (121)_R
この根付は非売品、残念。

扉の向こうは、どんな風?想像もつかない
151023-145408-横須賀201510 (276)_R
昭和な喫茶店も
151031-165137-横須賀201510 (163)_R
現役で頑張っている
151031-165146-横須賀201510 (162)_R

日本の産業に一躍買ってる街としての横須賀
151023-163633-横須賀201510 (574)_R
170523-170553-浦賀20170523 (144)_R
浦賀には、今も明治期に作られたドッグが姿をとどめている
170523-170246-浦賀20170523 (139)_R

田浦
170725-153319-田浦20170725 (383)_R
山と森の合間に作られら街
170725-152124-田浦20170725 (379)_R
ひたすら穏やかな風景
170725-153757-田浦20170725 (385)_R
これも横須賀STORY

そして、私が現在勤めている職場(川崎駅前)の同僚に、横須賀出身は多い
『按針塚』『汐見』『衣笠』
今度横須賀出身の同僚達に、自身の『横須賀ストーリー』を聞かせてもらおうと思ってます

またいつかこの街は記事にし続けます
kozoh55

横須賀 迷宮STORY 軍都

猿島に江戸の防衛のために台場が作られたのが1847年
151031-125858-横須賀20151031 (99)_R
明治以降、東京湾要塞となっていった
151031-144220-横須賀20151031 (461)_R
砲台跡は今も生々しい姿を残している
151031-144805-横須賀20151031 (492)_R

だからこそ、日本海海戦で大勝利を収めた海軍の旗艦『三笠』も
151031-125744-横須賀20151031 (91)_R
151031-130416-横須賀20151031 (126)_R
横須賀港に『残された唯一の軍艦』として展示されている

料亭『小松』
151023-142654-横須賀201510 (227)_R
戦前は大日本帝国海軍
151023-142018-横須賀201510 (183)_R
戦後はアメリカ軍、そして自衛隊を顧客として
151023-142208-横須賀201510 (196)_R
この姿を残し得たのも軍都ゆえ


太平洋戦争末期、軍港でありながら本土空襲を一切受けなかった横須賀
衣笠も
170705-140455-横須賀衣笠20170705 (323)_R
逸見も
170717-124827-逸見20170717 (23)_R
田浦も
170725-150724-田浦20170725 (373)_R
汐入も
151023-160910-横須賀201510 (515)_R
戦前からの街並みを残しながら進化していった

それは、戦争終結後にアメリカ軍がそのまま使用する事を決めていたから、残されたという
どこか『迷宮』を背負っている街なんだろう

横須賀 迷宮STORY 皆ケ作

普通の住宅街、更に奥に入っていくと、見えてきたもの
170725-130344-田浦20170725 (153)_R
今にも役割を終えようとしている『看板建築』
170725-130347-田浦20170725 (155)_R
戦前?戦後?とにかく建てた当時の気品が伝わってくる

その先にも何か
170725-130455-田浦20170725 (163)_R
伝統的な姿がお目見え
170725-130530-田浦20170725 (164)_R
ここは、何屋さんだったのだろう
170725-130553-田浦20170725 (166)_R
170725-130617-田浦20170725 (171)_R
以前、商店街の路地で見かけた窓の意匠が
170725-130635-田浦20170725 (174)_R
ここにそのまま残されている

こここそが『皆ケ作』
170725-130852-田浦20170725 (184)_R
不可思議な建物は、ここにもある
170725-131431-田浦20170725 (197)_R
何の、何のお店だったのか?囲われた入口は質屋のようにも思える
170725-131529-田浦20170725 (200)_R
この地の建物の中でも、小高く聳えている姿
170725-132921-田浦20170725 (209)_R
脇には玄関があり
170725-133029-田浦20170725 (211)_R
大きくて由緒ある風な建物が
170725-133130-田浦20170725 (214)_R
何の施設だったかは、私には知ることが出来なくて
170725-133228-田浦20170725 (218)_R

『病院だろうか?』『海軍の病院?』
などと呟いてみても、誰も教えてくれるわけがない

横須賀 迷宮STORY 田浦再び

逸見のお茶屋さん『白鳥園』のご主人が教えてくださった事、
『田浦には駅周辺にも色街があったみたいだけど、商店街から坂を上がった方
「皆ケ作」にもあったんだよ、でも当時の建物は全て無くなったね』

ごく普通の駅『京浜急行田浦』
170725-121318-田浦20170725 (22)_R
ああ、商店の看板にチュンチュンといるわあ
170725-121519-田浦20170725 (29)_R
楽しい街だ
170725-121526-田浦20170725 (33)_R

前回も訪れた『仲通り商店街』
170725-122029-田浦20170725 (37)_R
この街灯がめちゃくちゃ昭和な感じ
170725-122302-田浦20170725 (50)_R
この辺りが『色街残照』だった、残っている
170725-124350-田浦20170725 (115)_R
170725-124427-田浦20170725 (120)_R
【過去写真】けれど、この建物を
120624-135845-横須賀 (34)_R
【過去写真】見つけることが出来なかった
120624-135914-横須賀 (35)_R
『見届けられた幸せ』になってしまったか

けれど、商店街から見える高台の方に向かい始めると
170725-130024-田浦20170725 (136)_R
これまた、昭和であり、料亭であり、色街残照と思える建物が
170725-130117-田浦20170725 (143)_R
目の前に現れる
170725-130123-田浦20170725 (146)_R

鎌倉 癒し大仏

今回、初めての訪れた「鎌倉大仏殿高徳院」
170204-161506-鎌倉20170204 (371)_R

170204-161656-鎌倉201702042 (5)_R

170204-161810-鎌倉201702042 (13)_R

170204-161829-鎌倉201702042 (14)_R

170204-161854-鎌倉201702042 (16)_R

170204-161659-鎌倉201702042 (6)_R

170204-161914-鎌倉201702042 (20)_R

170204-161917-鎌倉201702042 (21)_R

170204-162048-鎌倉201702042 (29)_R

170204-161859-鎌倉201702042 (19)_R

170204-162129-鎌倉201702042 (34)_R

170204-162133-鎌倉201702042 (36)_R

170204-162613-鎌倉201702042 (42)_R

170204-162615-鎌倉201702042 (43)_R
穏やかな気持ちで、この地を離れることが出来ました