下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

船橋 ふなばし ふなばしばし③

『ふなばしばし』という今回のブログタイトルその意図は、、、

現在船橋市内を流れる『海老川』は古くは川幅も広く、
わたるのが大変だったため、船を数珠繋に並べて橋を作ったことが
『船橋』の地名に由来になっているという

その海老川に掛かっている橋の一つに『船橋橋』、、、
ふなばしばしが現存してるのです

杉山畳店さんの
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向かい側を見てみると
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猫がずっとまったりとしている
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料理屋さんの玄関先にも
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猫ばっかりがいるなあ
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船橋が猫町だとは、聞いたことがない
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『ここ、美味しいから行ってみな』
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そう言われて早速訪問、

見るからに丁寧に作られたラーメン
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半透明の醤油スープに
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淡白な味わいの叉焼は上品そのもの
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ネギと一緒が嬉しい
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『ラーメン 零一弐三』
店名が変わってますね。

千葉県船橋市本町7-23-14 文平ビル 東葉高速鉄道東海神駅そば

船橋は、いろいろ楽しめます、ふなっしーもいるし

船橋 ふなばし ふなばしばし②

船橋駅南口を出て数分で、斜めに入る細い道があり、
『仲通り』と呼ばれる商店街となってます。
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地元の人気店もあります
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頂いたことあります、この船橋名物『ばか麺ラーメン』
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魚介類がたくさん入っていて、さっぱりスープが美味しかった記憶が残ってます
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のんびりと、ゆっくりと歩いていたら

いきなり、古そうなお店発見『杉山畳店』さん
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なんか、こんなに畳が並んでいる畳屋さんって、今、珍しい
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写真のご主人がお店番をしていて、カメラを持つ私に話しかけてくれた
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『今、92歳、若い頃に召集されて仙台の陸軍飛行学校に配置されたんだけど、
飛行機の訓練していたのは最初だけで、飛行機が無くなっちゃって、
それからはずっと車の運転していたんだよ』
『だから戦争が終わって、船橋に戻ってきて、軍隊での車の運転経験があるとわかると
直ぐに免許をくれたんだよ、それがこれ』
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私『へ~』
私『これは何ですか?』
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『これか?傘立てだよ』

私『小さな包丁ですね。これで畳を?』
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『これでいろいろ切るよ、元々は長方形の包丁、研いでいくうちにこの形になったんだね』
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私『へ~凄いですね』

建物の脇の方を覗いてみると、古い出入り口と、
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戦前からの建物であることを告白するような
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貴重な姿が残されていました。

ご主人、貴重な情報ありがとうございます。



船橋 ふなばし ふなばしばし①

今や千葉県の都市の中でも抜きんんでいる街、船橋
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船橋 ふなばし ふなばしばし
いやタイトルに深い意味はありませんよ

駅から10分位あるいたでしょうか
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船橋一番の神様『船橋大神宮』に向かう途中の露地で見たもの
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『つるや伊藤』さん、染物屋さん
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創業150年、安政5年創業の老舗は、
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建物にまず魅入られてしまう、kozoh55
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買い物の予定は無くても、ついつい店内へ
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面白そうなお店
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そのままですね
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格式の高さが伝わって来ます
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横須賀 迷宮STORY うつろい

横浜が日本史に登場するのは幕末、
横須賀は中世、三浦氏の時代からなので、
古さでは横須賀に軍配が上がる

横須賀駅から数分の所にある和菓子屋
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『松月』さん、美味しかった~
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この根付は非売品、残念。

扉の向こうは、どんな風?想像もつかない
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昭和な喫茶店も
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現役で頑張っている
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日本の産業に一躍買ってる街としての横須賀
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浦賀には、今も明治期に作られたドッグが姿をとどめている
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田浦
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山と森の合間に作られら街
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ひたすら穏やかな風景
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これも横須賀STORY

そして、私が現在勤めている職場(川崎駅前)の同僚に、横須賀出身は多い
『按針塚』『汐見』『衣笠』
今度横須賀出身の同僚達に、自身の『横須賀ストーリー』を聞かせてもらおうと思ってます

またいつかこの街は記事にし続けます
kozoh55

横須賀 迷宮STORY 軍都

猿島に江戸の防衛のために台場が作られたのが1847年
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明治以降、東京湾要塞となっていった
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砲台跡は今も生々しい姿を残している
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だからこそ、日本海海戦で大勝利を収めた海軍の旗艦『三笠』も
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横須賀港に『残された唯一の軍艦』として展示されている

料亭『小松』
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戦前は大日本帝国海軍
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戦後はアメリカ軍、そして自衛隊を顧客として
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この姿を残し得たのも軍都ゆえ


太平洋戦争末期、軍港でありながら本土空襲を一切受けなかった横須賀
衣笠も
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逸見も
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田浦も
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汐入も
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戦前からの街並みを残しながら進化していった

それは、戦争終結後にアメリカ軍がそのまま使用する事を決めていたから、残されたという
どこか『迷宮』を背負っている街なんだろう