下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

同潤会アパート上野下 後編 20130519

上野下は建て替えが決定したことを受けて、
住民の姿は、もう、ありませんでした。
6月には解体されると聞いてます。見納めです。
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上野下アパート (8)_R
前の記事には残されていた看板は撤去。
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小さなユンボが「悲しげに」置かれています。
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機能だけでなく、建物自体が美しい、ですね。
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このショットが一番好き。
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床屋さんは移転ですね。店内はどんなだったのだろうか?
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お店はみな一旦、この建物と一緒に役割を終えるのですねえ。
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後ろ姿はどうだったでしょうか。変わった?かな。
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どうだったでしょうか、同潤会上野下アパート。
この姿を見れるのは、もうすぐ終わります。
後は青山に記念館があり、八王子に室内が見れるだけみたいです。
今なら、まだ見れるのですね。
でも、無理と知りつつ、室内が見たかったですよ、ホント。

ご訪問下さった皆さん、ありがとうございます。

同潤会アパート上野下 前編 20121027

同潤会アパートは大正12年に発生した関東大震災の時、
震災復興の為に設立された。
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当時としては最新式の設備、そして鉄筋コンクリートという
丈夫な建物として作られた。
エレベーター、食堂、共同浴場や、
電気・水道・ガス・水洗便所・ダストシュートなど、
当時としては画期的な設備が設置されていた。
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東京・横浜に16カ所あったが、老朽化と好立地から
建て替えが進み、この上野下アパートは、その最後の一棟。
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そして、昨年の10月に撮影した、アパートとして現役の姿。
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撮っておいて良かった。住民の皆さん、ごめんなさい。
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やっぱり、窓枠やその周りの姿が愛おしい。美しい。
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そうなんです、集合住宅内に床屋さんなどのお店を出すのも、
ここが初めてだったりするのです、ホント画期的だったのですね。
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後ろ姿は、先週末に見た姿とどう違っていたかしら
上野下 現役 (31)_R

確認してみてください。

「同潤会アパート上野下 後編 20130519」に続く