下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

ただただ北海道 幌内炭鉱への御礼状(3)

「おや?、、」
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「もしかして入れるかもしれない」
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広がる風景、何という炭坑施設だったのか
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打ち捨てられた、冷蔵庫、日立製
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人間の作ったものが、
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自然に返された
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「国破れて山河あり」
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「なつくさや、強者どもが夢の跡」
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この物語は、もう終わりが近いようです。





ただただ北海道 幌内炭鉱への御礼状(2)

幌内変電所跡の少し手前に立てかけられていた
「音羽坑跡」
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少しは遺構が残されていると、嬉しいな
早速のあじさい登場、北海道であじさいは7月に咲くのですね。
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すぐに現れた建物達
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残している、残されている
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道内最古の坑口(「こうぐち)明治12年の音羽坑口。
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そうですよ、炭坑って、これがあるから石炭が取れるんですものね。
コンクリートで密閉されたこの先に、暗闇がずっと続いていたはず

危険が伴う炭鉱には神社が脇におわします
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もう一つの坑口「常磐坑」
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振り向く、振り返ると、コンクリートの道
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誰だって、その先を探してみたくなります、見えてきた姿形、
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少し、怖かったのです、本当は
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どなたかが、在りし日の全体像を残してくれて
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それによると、ここは「ズリ山』と呼ばれ、
採掘に伴って発生する石を集積して山となった場所
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その証であるように「我「石炭」を発見ス!
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私の生涯の宝物にしようと、今も持ってます

小さな手書きの文字で、
「ここからは自己責任で行動してください」の標識
自己責任?上等ですね、、、坂の下には小川が流れ
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そうなんです、さっき、私と今日のパートナーの兄とが
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この上に登ってたんです
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何の建物だったかを、語れない自分が残念、かな
まだ、幌内炭鉱を語りたい






ただただ北海道 幌内炭鉱への御礼状(1)

7月11日から14日までのたった4日間に故郷への旅が
もう終わろうとしています。千歳空港に向かう途中、
「滝川」でこんなものを食べながら、4日間の事を思い出してました。
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「幌内炭鉱かあ、、」その場所は北海道の中央三笠市の外れにありました。
炭鉱遺構がまだ残されている所らしい、というネット情報だけで来たのです。
幌内の市街地は、ひたすらに静かです。
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「三笠鉄道村」は汽笛を轟かせ、こここそが、今や鉄道のない街に
活気を与えているようにも感じました。
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ふっと、車で狭い道を走ること数分で、出現した「遺構」
「幌内炭鉱変電所」
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その建物
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幌内炭鉱は明治12年に開かれた北海道発の近代炭鉱。
この変電所は大正8年建築。古いレンガ建築は時代を越え美しい。
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変電所は、、、変電設備に圧倒される
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巨神兵が体をもたげてきそうだ
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これも、残された幸せなのだろうか
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「旧北炭幌内炭鉱変電所」
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中はこんなふうでした
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建物の裏に小屋があり
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恐る恐る近づいてみると
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残された物達がそこにいました
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北炭幌内炭鉱、まだ、まだまだ続きます。


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