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2024-04-21(Sun)

みちの奥 秋田 羽州街道散歩旅(6)

増田は城下町でもなく、門前町でもなく
一言で言うと『商人の町』
それもこの百年で商人が育て上げた町

『珈琲豆屋 猫八堂』
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戦前の本物のスクラッチタイルが美しくて、好き
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この建物も、古い、昭和初期だろうか
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秋田市内でも見かけた可動式の襖
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染井吉野と小学校校門
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レトロ建築同士の狭間には
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『下夕堰』現在は増田地域の方の生活を支える水
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その証がこちらの、そうここで洗い物をしていた
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古くはこの堰の下流にあった『増田城址』で使われていたものだという


2024-04-20(Sat)

みちの奥 秋田 羽州街道散歩旅(5)

秋田県横手市、羽州街道沿いに
見たことが無い町並みに出逢う

左に連なる明らかな歴史的建築物
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右側も同様
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細部をよく見ると3階建ての木造住宅が聳えている
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『旧石田理吉家』

この地図の真ん中を通る『増田蔵町通り』に
明治・大正・昭和に造られた19軒もの見学可能なお屋敷が並ぶ
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それが『商家の町並 増田』であり『増田の内蔵』とも呼ばれているこの地

左側の建物、、明治中期建築の『蔵の駅(旧石平金物店)』
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美しくも、黒光りする内蔵正面
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こちらこそが、この増田地区を有名にした
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JR東日本、吉永小百合さん出演の『増田の内蔵篇』
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思い出される方も多いと思う

驚くのは、この美しい内蔵はここだけではなく
町中に残されているという事
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『山吉肥料店』この巨大な正面の姿の中に納まられている
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『内蔵』どれだけ美しく保存されている事か
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このアール部分の美しさ、木目の装飾の細かな細工
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そして、こちらが塩の蔵だったか
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離れまで現存している増田商人たちの大きな財力
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『日の丸醸造株式会社』
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内蔵は屋根自体は単独で造られず、母屋の屋根と一体になっている
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それこそが増田流
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蔵全体は蔵漆喰で仕上げられ、木材はひばが贅沢に使われ、内部は漆仕上げという
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これはまるで天下人のお屋敷
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横手、まだまだ
2024-04-19(Fri)

みちの奥 秋田 羽州街道散歩旅(4)

秋田市内の人気カフェ『赤居文庫』
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金物屋が入っていた建物を当時の面影を残しつつリノベーションした外観
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内部もレトロな風情を残しつつ
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秋田の若者に人気のカフェ

人気メニュー『ガレット』をオーダー
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フランス北西部のブルターニュ地方発祥のそば粉で作られるガレット
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いや~クレープを甘くなくして、小麦粉ではなくそば粉で作った
などという理屈は別として、パリッと仕上がっていて
ハムも玉子も最高の素材使っているなという印象、そう、美味しい

『民族芸能伝承館(旧金子家住宅)』明治20年建築
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『秋田銘菓 高砂堂』
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明治27年(1894年)創業
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『秋田市まちなか観光案内所』は
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田県内初のレンガ造り百貨店である『旧大島商会店舗』

明治20年(1887年)築の土蔵を改装
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ジャズ喫茶『ロンド』
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秋田市内は戦災も受けてないので、歴史的建築物が並ぶ魅力的な街並み
と同時に、平成18年の33万人をピークに現在は30万人を切るという人口減少となっている

そのため、役割を終えた印象のお店や
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貸し物件が
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目に付いた印象もある
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秋田には美しい町並みという強みもあり
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実際、美しい女性が街並みに沢山いらしたのも事実

ええ、頑張ってほしいものです
さあ、次は横手だ
2024-04-18(Thu)

みちの奥 秋田 羽州街道散歩旅(3)

川反地区を南に歩いて20分程で羽州街道と酒田街道の合流する地に建つのは
『旧松倉家住宅』
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大地主として穀物の取り扱いなども行っていました松倉家
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主屋(おもや)〈明治39年(1906)〉、米蔵〈天保10年(1839)以前〉、文庫蔵〈慶応2年(1866)〉
覆屋(おおいや)〈明治末期〉で構成される県内屈指の大規模な町家

二間に渡る『店座敷』
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広い通路
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『居間』の美しい障子は
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桟をスライドすることで、二つの顔が映える美しさ
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こんな美しい摺ガラスは、もう作れないのだろう
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そして『米蔵』
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広っつ!
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『文庫蔵』
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この二つの蔵は個別に屋根があるわけでなく
この巨大な傘の下に造られた『内蔵』なのだ
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全て見ていて、憧れてしまう、その姿
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2024-04-17(Wed)

みちの奥 秋田 羽州街道散歩旅(2)

秋田藩佐竹氏は幕末の戊辰戦争の際
例外的に新政府側に付き、政権側として明治維新迎える
だからこそ県庁所在地にもなり、城跡は千秋公園として残され
旧秋田銀行本店の格式も高いのだろう

加えて秋田には東北三大祭りの一つ
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『秋田竿灯まつり』がある
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長い竹竿にたくさんの提灯を吊り下げた「竿燈」を
『差し手』と呼ばれる腕自慢たちが力強く持ち上げて練り歩く伝統的なお祭り

その秋田にある、東北屈指の繁華街『川反』
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市内中心部を流れる『旭川』の川端に出来たことからこの名となり
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明治19年の大火(俵屋火事)で焼失した芸者屋、料理店が川反四丁目に次々と移転を始めた
これが歓楽街・川反の始まりとなった
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料亭の姿が
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往時の繁栄を今に伝えてくれる
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今も現役の料亭文化の担い手
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『濱乃家』
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大正7年、東北有数の本格的な数寄屋造りの料亭として誕生
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同時に川反は秋田の名産グルメをお値ごろ価格で頂ける地でもあり
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沢山の、ほんの小さな横丁や路地をたくさん持つ
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川反の今の光と影

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kozoh55

Author:kozoh55
初めまして、kozoh55と申します。
歳はそこそこですが、心はまだ小僧のように、永遠に初心者マークだと思ってます。
沢山の方に私のブログに遊びに来ていただいて、一緒に笑ったり、楽しんだりしたいです。
※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

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