下町風来坊~小僧の温故知新~

こんにちは。北海道から数十年前に首都圏に移住。谷中のように、繁盛し続けている下町や商店街、ちょっぴり役割を終えつつある街並み、そしてもう役割を終えたはずなのに今も輝きの残照を残している旧色街など、江戸から平成までの生きた街の姿を紹介します。  ※当ブログで使用されている写真の使用・転載はお断りいたします。

びば、ラーメン!! 夏こそラーメンと言うけれど

夏こそラーメンと言いつつ、街歩きでラーメン以外、まず食べないkozoh55

この日は私の勝手に決めているホームグラウンド、船橋『赤坂味一』にて一杯すする
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初代である親父さんが開発したこの味
煮干し、ニボニボラーメン。
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ここにきてお店をきりもりされている息子さんが作る叉焼は
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見た目も味わいも新しい、息子さんの味
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要は、以前よりも叉焼の醤油味が濃くなり
忘れられない美味しさとしてパワーアップしている
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もちろんスープまで頂きましたとも
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『赤坂味一』JR船橋駅から徒歩20分、船橋市役所となり

美味しかったんですが、この日はちょっと違ってました。
お店に入った瞬間感じた違和感、
そう、この熱帯東京で、エアコンがほぼ壊れ、熱い店内でこのラーメンを頂いたのです。
夏こそラーメン、いや、そうだけど暑すぎては、いかがなものか、、、
笑えました、この暑さ

時のかけら 佐倉武家屋敷 よくぞ残してくださった

佐倉市の史跡で市中心部の名所、旧順天堂病院、旧堀田邸、そして
今日紹介する『武家屋敷群』
佐倉市内最古の『河原家住宅』など3件が並んでます。
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当時の生活がそのまま残されていて
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侍が突然出て来てもおかしくない
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地味な生活にも見えますが
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こういったお風呂に入れることが、限られた人達だけの事だった時代
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この便所の便器は明治時代、平民になってからのものかなと
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あまりに美しかったので

建物の凛とした姿は、やはり武家らしさ感じます
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派手な装飾をする人達ではなかったのでしょう
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ここにも武家出身の方々の
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明治ライフが伺えます
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江戸時代からのものもあります
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ほんと、シンプルな姿が美しい
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江戸時代、佐倉藩中級武士の姿
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佐倉の時のかけらシリーズは、ここで一区切りとします
[ 2018/07/20 19:55 ] 未分類 | TB(0) | CM(0)

横浜 眠りから覚めた地下遺構群⑥

新しい巨大なマンションのエントランス脇に、少しづつ見えてきたもの
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これこそが近年発見された、『2代目横浜駅』
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煉瓦造りの美しい姿は大正4年(1950年)に開業し
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8年後に発生した関東大震災により焼失してしまったもの
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いま私達が見ることが出来ているのが
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この点線の部分です、わかるでしょうか?
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当時の建物の基礎部分の荷物預かり所の一部がこのマンションの開発の際に
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発掘され、蘇ったのです
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基礎の厚みは60cm以上ありましたね
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なんて美しい状態で残されていることか
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たった8年という短命な2代目横浜駅は、現代になって
再びその輝きを取り戻している

このような形での公開化に応じてくださったマンション居住者の皆さんに
感謝、感謝、
必見の高島町、です

横浜 眠りから覚めた地下遺構群⑤

今回の一連の記事は1週間前に撮影したものですが、
今日のこの記事だけは、昨日撮影の出来立てほやほや

いや、昨日も暑かった~
暑かった中を11時から15時半くらいまで歩き続けたkozoh55
私の辞書に『熱中症』の文字は無い、と言いたい

あんなもの、あれほどの物に出逢えるなんて、、、そんな一日

皆さん、JR横浜駅はご存知ですか?
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ええと、これが現在の横浜駅西口
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今、駅ビルが工事中で何かよくわからなくなってますが
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高島屋デパートとセットになってますね

こちらが東口
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ところでこの駅は横浜駅の3代目だということご存じでしょうか?
じゃあ、初代は?

はいここです、わかりますか、地味ですが、現在の根岸線『桜木町駅』が初代
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鉄道開通時は、新橋駅も今の汐留あたりにあり、この桜木町駅と往復してたんですね
桜木町駅外の看板で当時の姿を紹介していました
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ならば、2代目横浜駅はいずこに?見ることが出来るのか?
市営地下鉄線の高島町駅2番出口を出ですぐ、
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住所だと横浜市西区高島2-1-1、そこの公衆便所に小さく案内されている
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2代目横浜駅遺構
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美しいマンションのエントランス
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どこ?どこに?

横浜 眠りから覚めた地下遺構群④

♪あれがあなたの好きな場所、港が見下ろせる小高い公園〜
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『港の見える丘公園』にも発掘された地下遺構が存在する。
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元々、この地はフランス領事館公邸、その時代の井戸が今も存在、
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深さは30メートル。当時はまだ水道が無かったんですね。

その脇にある出っ張りの基礎石のようなもの、これが肝
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そう、『風車』
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風の力で井戸水を汲み上げていたんですね
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現在の風車さ復刻再現されたもの。

先程の基礎石は風車の4つの基礎の一つ
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この公園には他にも出土された遺構が残されています
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『旧フランス領事館公邸遺構』
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明らかにトイレでしょう
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旧フランス領事館は戦後の昭和22年焼失
これら遺構は、現在はこうして地上に出ているものの
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それはこの10年での発掘・再開発を経た姿であることを
言われないと気が付かない、そんな『港が見える丘公園』
いや~知らなかった~